
メリル・ストリープのアカデミー主演女優賞とそのスタッフのメーキャップ賞獲得で話題の映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 – goo 映画」を見てきたので感想を書きます。
まず、サッチャー首相の夫だったデニス・サッチャーさんのキャラクターというものがこの映画の大前提になっていると私は考えます。
私は14歳、昭和63年(1988年)に一人で初めて日本の外に出て、アメリカに行ったことがあります。ニューヨークで、従兄と合流して、セントラル・パーク隣のホテルに行き、荷ほどきをしながら、テレビを付けると、そこでサッチャーさんが出てくる「ギニョール(人形による政治風刺劇)」をやっていました。冷戦末期は西欧と米国は今風に言うと、「キャラが立った」政治指導者ばかり。サッチャー英首相、ミッテラン仏大統領、ブッシュ米大統領、コール独首相ら。彼ら彼女らの特徴をよく押さえた人形たちがかなり荒唐無稽なドタバタ劇をしていました。私が見たのも、英国の製作会社の作品をアメリカでなんどか繰り返して放送していたのではないでしょうか。
ギニョールで「鉄の女」として恐いキャラと設定されたマーガレット・サッチャー首相。彼女は家庭内でもやはり恐くて、夫のデニス・サッチャーさんが戦々恐々としているという設定。で、朝、マーガレット・サッチャー首相が洗面台で鏡に向かって身支度をしていると、鏡の向こう側からもう1人の自分が出てきて、サッチャーさんが2人になってしまうという話。自分の分身ができた鉄の女が悲鳴をあげると、いつもやさしいデニスさんが「マーガレットどうした?」とやさしい口調で洗面台に入ると、2人のマーガレットを見て、「あー口うるさいのが2人に増えた!」と思わず本音を漏らして腰を抜かせてしまいます。実際のデニス・サッチャーさんはビジネスマンとして自立した人物でしたが、ギニョールでは、家の中でも鉄の女として描かれるサッチャー首相の尻に敷かれる情けない夫として描かれていました。英国病にメスを入れ、政府のムダ使いの根絶と民営化を進める強いリーダーに対して、有権者はギニョールを見て溜飲を下げていたのでしょう。このキャラの立った面々に、悪の帝国だったソ連から、「ゴルビー(ゴルバチョフ共産党書記長)」という愛すべきキャラクターが仲間入りし、冷戦は崩壊します。
日本では鉄の女としてサッチャーさんは自立した1人の強い女性というイメージが強かったこともあり、デニスさんの存在はあまり知られていません。1950年、保守党公認のマーガレット・ロバーツ候補が落選し、そこに既に経済的に成功していたデニス・サッチャーさんと結婚。1959年に34歳のマーガレット・サッチャー候補として初当選し、50歳で保守党党首選に当選し、54歳で総選挙に勝ち、英国首相に。そして、2003年、デニスさんを亡くしたサッチャー首相の喪失感、そしてギニョールの主人公だったデニスさんを失った英国民の喪失感を埋めるのがこの映画だと、私は思います。ですから、なかなか我が国では理解は難しいと思いますが、興行的にはまずまず成功しているようです。早く見に行かなきゃとストレスを持っている国会議員もいるでしょうが、映像的には必ずしも大スクリーンで見なければならないものだとは思いません。しかし、英国議会が場面だと、さすがに英語が簡潔できれいです。ぜひDVDが出れば、そちらも含めてご覧になったらよろしいかと存じます。
ちなみに、ギニョールは元々フランスの田舎町でお祭りの催しとして人気が出たものです。ナポレオンやド・ゴールの国だけに、政治指導者の人形劇というものが魅力的だったようです。政治劇ですので、当然風刺がありますが、あまり根深いものではありません。一方、東欧では、チェコの「マリオネット」が有名です。こちらは、人形劇のかたちによって暗に体制を批判し、反体制を庶民に暗示する狙いがあります。ですから人形の雰囲気からして暗い。これがチェコスロバキアのチャウシェスク独裁恐怖政治を倒したビロード革命で、劇作家のハベルが大統領に就任したことのチェコの政治文化の背景です。
メリル・ストリープ演じるサッチャーさんは認知症。現在の生活のなかには、時折、デニスが現れ、会話します。回想シーンもあり、食料品店の娘(grocery)とバカにされた少女時代、ナチスの空襲に耐える防空壕、オックスフォード大学に合格し切符を手にし、24歳で保守党公認で出馬し悲嘆に暮れていたとき丸眼鏡のデニスからプロポーズ。そして、圧倒的得票での初当選。ヒース内閣の文科相時代の庶民院本会議場の討論台(パッチボックス)に立っての演説。党首選出馬を決意し、娘やデニスに呆れられる。この後、党首選対策では、「英国王のスピーチ」を彷彿とさせる場面があり、言葉と政治の大事さを改めて感じました。 そして、圧巻は、アルゼンチンの奇襲によるフォークランド占領。大西洋の向こう側にあるあまりにも遠い島への英国海軍の派遣の是非を迫られた首相は、「フォークランドの海軍の警戒が手薄だったのではないか」と質問すると、軍官僚から「あなたが海軍を仕分けしたのですよ」と批判されます。しかし、首相は決断しました。批判されても突き進む。この辺は、蓮舫さんにも見て欲しいですね。
デニスさんという存在がいて初めてサッチャー首相が存在したという事実。これを踏まえると、ある程度映画は楽しめると思います。私もできればもう1回見たいですし、英語が非常にきれいですので、可能ならばセルDVDも一生物で所蔵したい気がします。メリル・ストリープは圧巻としか言いようがないです。役作りがすごい。そして、化粧(メーキャップ)。こちらもアカデミー賞(Mark CoulierさんとJ.Roy Hellandさん)は当然でしょう。ちなみにチャーチルのそっくりさん、ジミー・カーター米大統領のそっくりさん、後継首相として7年務めた現在英国上院議員のジョン・メージャー蔵相のそっくりさんらが出演。それが場を説明する役割になっていますが、その辺は分からなくても問題なし。エンドロールにも役名は出ていなかったように思えました。
このようにリーダーが相対化されている西欧・米国では、リーダーを見て、育てる有権者の眼も養われるでしょう。そして反対党(労働党)、反対党の設立組織(労働組合)、戦争で勝ち抜いた相手国(独、フランス)という敵がいて初めて強い政治が実現するという私の考えも裏付けられた思いがしました。ギニョールのように各国指導者を相対化するのは島国で日本語圏の我が国はでは難しいので、せめて国会内・選挙では、二大政党が敵対する格好にしないと良い政治は実現しないという19年来の私の信念は深化しました。とても良い映画を見ました。
繰り返しますが、フォークランド紛争のときの場面。これは岡田克也さんにもぜひ見てほしいと感じました。
マーガレットとデニスがそろって、サッチャー首相。鉄の女が神の下に弱い人間であることは当たり前であるという、キリスト教文明の当たり前すぎる土壌を日本国の有権者にももっと共感してほしいと感じます。現題は「The IRON LADY」です。








