
自民党の麻生太郎副総理・財務大臣が2013年7月8日(月)、岩手県岩手郡岩手町(1万5000人)で、住民約300人を集めた集会で、「1人区でどれだけ勝てるかが、今回の選挙の勝敗を決める」「自民党が連敗している選挙区で岩手はダントツ」「自民党が30勝1敗で、その1敗が岩手というみっともないことにならないよう、期待しています」と暴言を吐いたことが分かりました。読売新聞、朝日新聞が伝えています。
日本の国をしなやかで強くするためには、自民党と民主党がともに政権を担える状態をつくることが必要で、「1人区の岩手県だけで自民党が負けたらみっともない」との発言は、アメリカでは通用しない暴言です。天皇陛下をお守りするためには、政権担当能力がある政党が2つ必要であることを、麻生さんは勉強すべし。
これまで自民党は「国土の均衡ある発展」という全国総合開発計画をすすめてきましたが、実際には、安倍首相の山口など中国地方、麻生副総理の福岡など九州地方に、空港や高速道路、中山間地農業などのインフラが集中的に投資されてきました。下の空港分布図をみても、明らかです。
このように同質性を求めるのは、日本人の心の弱さの裏返し。「ほかと一緒でないとみっともない」という心理があるから、世界唯一の顕然たる犯罪組織「やくざ(暴力団)」が「警察庁指定」のお墨付きをもらう非常識国家日本ができたのです。だから、1人区である地方は魅力を失い、ストロー現象で若者がいなくなり、大分・岐阜を除けば外国人観光客がこなくなってしまったのです。
さて、話は変わります。アシアナ航空機がアメリカ・カリフォルニア州、サンフランシスコ国際空港で墜落。16歳の女子高生2人が亡くなりました。中国浙江省といって、ここは、沖縄や東京都・八丈島と同緯度の海のシルクロードとして栄えてきたところです。今は、中韓EPAがありますし、サンフランシスコには「中国国民党アメリカ支部」の看板も見たことがありますから、中国人乗客が大半だったのは当然です。外遊目的は、英語などを学ぶサマーキャンプに参加する予定だったと知って、残念に思いました。朝日によると、1人辺り4万元ということで、およそ64万円ほどかかりますが、すぐに定員が埋まるそうです。アメリカでは、学校は9ヶ月のみ。サマーキャンプに参加できる生徒が全員とは限りませんが、教員の給料も9ヶ月しかでないことから、免許を持つ教員も運営に参加しており、さまざまな経験ができます。
私は、夏、実際の学校の先生の家にとまり、午前中は英会話学習するコースを平成元年、高校1年生のときに、受け、金額もおよそ64万円でした。 家は、グリルあり、BBQセットあり、セントラル空調と、本当に「奥さまは魔女」の世界とまったく同じでした。サンディエゴから電車でいける街に「ティファナ(英語発音だとティウアナ)」があります。これはもう国境を越えて、他国であるメキシコです。休日に行った際、国境の検問所で並びました。アメリカ→メキシコの入国は簡単です(逆はとても厳しい)。アメリカ人は半ズボン姿でティファナに入るだけならパスポートも要らないのですが、私たち日本人はパスポートが必要です。しかし、アメリカ人と一緒なのでスムーズに入れました。国境では、貧しい女の子がコップを持って歌を歌っていました。
そして国境を越えたとたんにまったく別の貧しい世界が広がりました。まず、アメリカでコカコーラを買えば必ず氷が入っていますが、メキシコでコカコーラを買っても氷はありません。そこからして違います。そして、体を引っ張りながら、「中曽根さんいい人」と日本語で物を売りつけてくる人がいます。ちなみに当時の日本の首相は海部さんでした。アメリカ人のみなさんが事前に予約していたレストランは、アメリカ人客しかおらず、タコスを食べて、そこそこおいしかったです。
メキシコを支配する一大政党「PRI(プリ、制度的革命党)」は1929年の結党以来、日本を支配していた一大政党「自民党」は1955年の結党以来、大統領・首相を持ち続けていましたから、平成元年の時点で、PRIが60年間、自民党が34年間。これが世界での長期政権のベスト2位でした(当時既にベルリンの壁は崩壊)。
二大政党の国から国境を越えて一大政党の国になったとたんに、ここまで経済格差が開くことに私は衝撃を受けました。そのころから、二大政党論者でありつづけています。
1993年6月、自民党長期政権を倒すことに成功しました。私も新生党学生部員として歴史に参画しました。
メキシコでは一大政党が続きました。PRIの大統領候補が大統領になるわけですが、サリナス大統領(PRI党首)の後継者には、コロシオPRI幹事長が選ばれました。

[写真]コロシオPRI幹事長、(後ろの肖像画はサリナス大統領(PRI党首))、wikipediaから。
細川内閣が7月に発足した翌春、その「ティファナ」の名前をニュースで聞くことになりました。コロシオが暗殺されたのです。

[写真]コロシオ暗殺の瞬間、wikipediaから。
1994年、3月23日の現地時間午後7時12分、ティファナ近郊の貧しい町の夜の雑踏。ここは首都から一番遠い町なので、頻繁に遊説できるところではありません。庶民派をアピールしようとしたのか、当選確実のコロシオ大統領候補は群衆の中に分け入り撃たれました。
実際には、コロシオは4時間ほど生きていて、側近たちは、ヘリコプターで国境を越えてサンディエゴの病院に運ぼうとしましたが、祖国で息絶えることができました。享年44。
このように一大政党制の国は、経済的に困窮する。これは私は平成元年に感じました。それ以来の二大政党論者ですが、細川・羽田内閣はさきがけらの裏切りで倒され、2009年まで政権交代は遅れてしました。その間に経済力は落ち、中国で64万円のサマーキャンプはすぐに売り切れなのに、日本の高校生は夏休みはバイト。団塊の世代は、外国行きのチャンスを高校生に譲ればいいのに、そういう意識はありません。畢竟、日本はとても貧しい国になってしまいました。
コロシオを暗殺したのは、暗然たる犯罪集団であるマフィアです。日本のヤクザは顕然たる犯罪集団なので、このようなことはできないでしょう。 これには、PRIのサリナス大統領兄弟が関与していたと言われています。サリナスは大統領退任後、アメリカの企業(たしかフォード)の取締役になるなど、メキシコには戻れない状況が続きました。急遽大統領候補になったセディージョ文科相はそのまま大統領に当選しました。つまり、コロシオを大統領にしないためには、選挙で落とせる可能性はなく、殺すしかなかったわけです。
その後、まったく偶然に、私は1996年にメキシコ東海岸のメキシコシティーで、(車窓から)PRIの本部を見たことがあります。縦長の建物で、日本の自民党本部よりも小さかったので驚きました。その後、2000年にPRIは政権を失いましたが、昨年政権復帰しています。もちろん、大統領は青い目をした白人です。
総理大臣を選ぶ選択肢(自民党総裁か、民主党代表か)は、私たち国民が衆議院議員総選挙のたびに持つべきです。
ぜひ、麻生財務相は「30勝1敗はみっともない」などと言わずに、アメリカのように、大統領選に出馬した上院議員の後釜が反対党から選ばれてしまうような政治体制をしっかりととって、天皇陛下をお守りする政治体制を一から学ぶべきです。
さもなくば、2015年9月の自民党総裁選に前後して、「安倍暗殺」「石破暗殺」「麻生暗殺」などという見出しが飛び、世界からバカにされる日本になりかねません。心して、自民党員はその危険性をおしはかるべし。大切なのは、皇統の存続であり、日本国の存続です。






