
2013年10月21・22日(月火)に衆・予算委基本的質疑が開かれ、民主党から7人が安倍首相に質疑しました。衆参ねじれ解消後の「黄金の3年間」の実質的スタートになります。
ラストバッターの岡田克也さんは、いつも通り、前日のうちにホームページ、メールマガジンなどで質疑事項を、支持者や国民に公表しました。
このなかで、私がたいへんに楽しみにしていたのは、集団的自衛権に関する項目。なぜかというと、私は岡田さんの考え方で、集団的自衛権に関する考え方が、イチバン私には理解できなかったからです。それがきょう、だいたいわかりました。
岡田さんは「総理は、積極平和主義とは国際協調主義だ、と言っているが、集団的自衛権は国際協調主義ではない。アメリカの利益と一致する場合もあるが、一致しない場合もある」と語りました。安倍首相は「(集団的自衛)権利があるのと行使するのは違う」と答弁。岡田さんは「国連憲章第2条の4は国際関係にある武力の行使を原則として禁止しているが、例外的に39条で国連の安全保障措置、51条で個別的または集団的自衛権を認めている」とパネルで示しました。
[画像]パネルを出すように、玉木雄一郎委員に命令する岡田克也委員(右)、2013年10月22日(火)、衆議院インターネット審議中継からキャプチャ。
で、私はこの普遍的集団安全保障機構であり、メンバーの集団的自衛権を認める国連に加盟している日本がなぜ集団的自衛権を持つことに岡田さんが慎重なのかが、これまでどうしても理解できなかったわけです。
岡田さんは2001年の「9・11」の後に、アフガニスタン対テロ戦争の特別委員会の筆頭理事を務めたほか、イラク戦争開戦当日の本会議で大量破壊兵器がない可能性を指摘しています。
岡田さんは「日本国憲法上の権利を持つことと武力を行使することは違う」として、「地球の裏側まで行っていいわけではない」「変えてはいけないものと変えていいものがある。国連憲章の(日本国内での)解釈は変更の余地があるかもしれないが、先の大戦の反省による憲法9条の「侵略戦争の放棄」を変えることは、諸外国に違うイメージを発信してしまう。一つの内閣で(解釈の変更などを)やるべきではない。立憲国家としてやるべきではない」と主張しました。
これでようやく分かりました。
つまり、岡田さんは、日本の安全のために、日米同盟を重視している。それは自民党の外交3原則「国連中心主義」あるいは「国際協調主義」ではなく、日本の安全のために、日米同盟を利用すべきだと考えているわけです。しかし、その日米同盟のもとに、イラクやアフガニスタンに時期は別として、自衛隊を出さざるをえないことになってしまっています。それは日本が主権国家として出す出さない以前に、アメリカとの関係でその判断の自由すらない。そして、岡田さんは日米同盟を重視しており、国連は下に見ているのですが、その国連安保理が、イラクPKO、アフガニスタン洋上活動などにお墨付きを与えています。しかし、これはみんな分かっていることですが、国連安保理とは事実上、アメリカ、ロシア、そして、英、仏、中のことです。
そうなると、日米同盟を日本の平和を守る部分に限ってなるべく利用すべき。だから、日本の憲法の解釈を変えての、集団的自衛権には慎重だということです。
私の習作として、次のようにまとめてみました。

このように、日本国を上にもっていき、アメリカも同列にしました。それを下支えするのは当然にして「日米同盟」という公共財。しかし、日米同盟のために、イラク・アフガニスタンに行かざるを得ない。近隣地域では、韓国には一部日米同盟の下支えがありますが、中露ASEANは日本の自分の力での対話による信頼醸成が必要です。そして、岡田さんは国連という権威は下に見ていると言えるでしょう。実はこれは、現実問題としては事実であり、国連を上にある世界連邦と考えるのはまったくの空念仏です。
さらに、岡田さんは日韓関係について取り上げ、村山談話の中には「植民地支配」と「侵略」という2つのキーワードがあり、この2つのキーワードについては、総理が変えるという趣旨のことを言うべきではないと釘を刺しました。
黄金の3年間のスタートにあたり、この集団的自衛権に関する岡田さんの考え。私にとっては最も謎だったので、実りの秋となりました。
【追記 2015年9月28日午後11時】
上の概念図のうち、「PKO」は「集団的自衛権」です。私の言葉足らずです。この「追記」での補足にとどまらせていただきます。他の記事については、岡田さんの過去の発言との整合性が話題になっていることにも配慮して、いっさい修正しておりません。
【追記おわり】
【簗瀬進さんが政界引退】

[写真]簗瀬進さん、2011年、宇都宮市内、筆者(宮崎信行)撮影。
簗瀬進さん(63歳)は2013年10月20日、第23回参院選の元職としての落選を受けて、政界を引退することを発表しました。来年4月1日から、昭和音楽大学副学長として憲法学の教壇に立つそうです。

[画像]衆院小選挙区導入法案をめぐりハマコー(中央)ともみ合う岡田克也さん(背中)、簗瀬進さん、増子輝彦さん(右)、東京・自民党本部内、1993年6月15日、フジテレビニュース映像から。
簗瀬さん、お疲れ様でした!!!








