
自民党政調会長の石破茂さんが、2011年6月7日、テレビ朝日番組に出演して、「岡田克也民主党幹事長は菅さんと共同責任がある」と述べ、岡田克也さんが次期首相に就くことに否定的な見方を示したーーと時事通信が報じました。
石破茂さんは1986年の衆参ダブルの第38回総選挙で初当選、そして、冷戦が崩壊した1990年の第39回衆院選で岡田さんが初当選しました。石破さんは二世議員ですから29歳で初当選、岡田さんは非二世議員ですから36歳で初当選なので、年齢は岡田さんの方が上になります。とはいえ、石破さんは田中角栄さんのススメで選挙に出ましたが、「中選挙区内で1派閥1議員」という自民党の習わしから、中曽根・渡辺派「政科研」に所属しました。一方、岡田さんは田中派の流れをくむ最大派閥の泣く子も黙る竹下・金丸派の「経世会」に属しました。
岡田さんと石破さんは政治改革の必要性で一致し、「政治改革を実現する若手議員の会」(石破茂・渡瀬憲明共同代表)をつくりました。岡田さんはこのころのことを、「燃えていた」、「同志的な結合でひたすら政治改革実現に向けて力を合わせた仲間たちだ」というように、『政権交代ーーこの国をかえる』の38ページに記しています。岡田さんとしては、それに先立つ、仙谷由人さんらとの「CP研(比較政治制度研究会)」の方が思い入れが強いようです。
1993年1月8日(金)召集の第126通常国会では、政治改革関連3法案をなかなか提出しない宮澤喜一内閣に対して、石破さん、岡田さんらの憤りは最高潮。そして、6月14日に自民党の梶山静六幹事長が「今国会での政治改革関連3法案の提出を断念する」と発表すると、石破さん、岡田さんら20人は勢い余って、渋谷区の宮澤総理・総裁宅に押しかけて直談判するという「宮澤邸夜討ち事件」を引き起こしました。玄関先に出てきた宮澤さんの「おやおや、これはどうしました?」「何ならここでやろうか」というナゾの言葉の後、石破さんが「総裁、政治改革関連法案の件ですが・・・」と話かけると、「遅いけど、君ら上がるかい?」と問うと、一瞬きょとんとした石破さんの後ろにいた岡田さんらが「お願いします!」と行って自宅に上がります(映像資料がなく、記憶なので、少し事実関係が違うかもしれません)。しかしこのときは、車座になって話したものの宮澤総理を説得できず、一夜明けた党の臨時総務会で「法案不提出」を正式決定することになったことを知り、党本部6階で開催を実力封鎖しようと試みます。それが有名な下のシーンです。

[画像]自民党臨時総務会の開催を封鎖しようとする岡田克也さん、岩屋毅さん(岡田の右肩後ろ)ら1回生議員と、封鎖を解こうとする亀井静香総務ら、1993年6月15日、自民党本部6階、岡田かつや後援会報2010年秋特別号「岡田かつや20年の歩み」から(http://www.katsuya.net/2010winter4.PDF)
さて、この写真から1年後。時代が大きく変わり当選3回生の石破さん、2回生の岡田さんは与党・新生党の衆院議員でしたが、あっと言ういう間に、羽田内閣が不信任案を突き付けられ、非自民連立内閣は崖っぷちに追い込まれます。羽田首相が解散しようとしているという情報を聞いた2人は、官邸に乗り込みました。このときのことについて、岡田幹事長は「石破さんは、『若い議員のために、ここは解散すべきでない』という話でした」「私(=岡田さん)は『せっかく小選挙区制度の法律が通った』『相当努力した結果できた小選挙区比例代表並立制を確実なものにするために、解散すべきではない』と申し上げました。ですから、論理は2人全く異なりました」(5月30日の幹事長定例記者会見)として、石破さんとの考え方が“全く”違ったことを強調しました。そして、今度は石破・岡田コンビは1年前とは逆に総理を説得することに成功しました。岡田さんは「羽田先生には申しわけないという気持ちは常に持っておりますし、それがその後、新進党において私が党首選挙で海部さんではなくて羽田さんを応援した。逆に言うと、小沢さんの考え方とそこからずれが出てきた」と語りました。
ところで、石破さんも昨日のテレビ朝日では、「小沢一郎元代表とだけはやれない」と語ったそうです。石破さんは昨年12月のラジオで小沢一郎氏について、、「あの頃(1993年)は、この人こそ真の改革者だと信じましたよ。我々若い議員は感動しました。あのときは光り輝いていた」として、今の小沢氏は、「トータルに必要なことがなにかといえば、水沢に帰る・・・今は奥州市っていうのかな・・・水沢に帰ることだ」と引退勧告しました。
このように、小沢一郎氏を切らなければ、日本が前に進まないということでは、石破さんと岡田さんは一致する。
岡田さんは政権交代の118ページに、「自分の政治生命だけを考えて行動する。言行不一致の議員の姿も目の当たりにした。昨日まで自民党を厳しく批判しながら、突然自民党に戻る政治家もめずらしくなかった」「だれがどういう行動をとったかは忘れまいと思う。こうした、ある意味での極限状態に直面したとき、一人の人間がとる行動は繰り返されるものだ」「一度裏切った者は、二度裏切る」と書いています。
まあ、僕も岡田さんの言うとおり、「一度裏切った者は、二度裏切る」と思いますが、政治とは「程度問題」というものがあります。小沢一郎さんは「裏切り」のホームラン王、名球会入りです。
石破元防衛相・農相、岡田元外相が力のある政治家だということは党派を問わず認めるところでしょう。ときは移ろい二大政党を代表する政治家となった2人は逆に討ち入られる立場になりました。でも、かつての「若手議員の会」や「CP研」のメンバーも簗瀬進さんや渡海紀三郎、堀込征雄さん、平田米男さんらは今、国会にいません。渡瀬憲明さん、住博司さんらはなくなりました。あるいは、後藤田正晴先生、伊東正義先生も、政権交代をその目で見ることはありませんでした。
石破さん、岡田さんが力を合わせれば、日本は前に進めます。仙谷さんも、河村建夫さんも、岩屋毅さんもいます。まだまだ大丈夫です。国難です。救国のために、期限付きでいいですので、石破・岡田コンビの復活を見てみたい気がします。







