旧中選挙区元衆議院議員、井上普方さん逝去で「後藤田君、お姉さんがいる限り井上君を落とすな」

  • 2015-4-20
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 衆議院の旧徳島全県区(定数5)で、第31回総選挙(昭和42年1967年1月29日)から39回総選挙まで連続9期当選した元社会党代議士、井上普方(いのうえ・ひろのり)さんが、さる平成27年2015年4月10日(金)にお亡くなりになったことが報じられました。享年90。ご冥福をお祈りいたします。

 この井上さんは、後藤田正晴さんの甥(お姉さんの息子)です。井上さんは42歳で初当選。後藤田さんは衆議院議員としては3期後輩になります。

 後藤田さんはオーラルヒストリー、「カミソリ後藤田回顧録 情と理」(後藤田正晴御厨貴監修)で振り返っています。

 「このとき田中(角栄)さんから言われたことで忘れられないことがある。『後藤田君、姉さんが生きている間は井上君を落としてはならんよ』ということだ」

 「心配だったのは、私の甥に影響しやせんかなということです。私の親戚の票が割れますからね。彼はいつもすれすれ当選なんですよ。しかも社会党の票と保守の票と半々なんです。彼も田舎の古い地主の家で、付き合いも全部保守ですからね。私の親戚は全員保守ですから。そういうことで、彼に一番迷惑がかかるのではないかと気にかかりましたよ。私の姉、井上普方君の母親は生きているんですから」

 後藤田先生は連続7期つとめ、小選挙区制に正常化した第41回衆院選に出馬せず引退しました。

 それまでの7回、後藤田先生と井上さんの親戚対決がありました。そのうち、3期連続で後藤田先生がトップ(1位)井上さんが最下位(5位)で当選しています。また、2期連続で、三木元首相が1位、後藤田先生が2位、井上さんが5位となりました。ベルリンの壁崩壊、宮澤解散による政治改革の風が吹き荒れた、あの夏、1993年の総選挙で時代の流れの中、井上さんは68歳で落選。後藤田先生は新時代、第41回衆院選自民党vs新進党小選挙区に立候補せず引退しました。

 この中選挙区での後藤田・井上ランデブーが意図的だったのか、偶然だったのか、今となっては分からないし選挙のことは藪の中。

 衆議院中選挙区による政権交代なき政治は、国民にとっては百害あって一利なし。

元社会党衆院議員の井上普方氏が死去…90歳(読売新聞) – goo ニュース

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