写真は福田衣里子さん=『It’s now or never 私は早く、C型肝炎とさよならしたい!』福田衣里子著、書肆侃侃房
【国会傍聴記 参院本会議 2008-1-11】
「薬害C型肝炎被害者一律救済法」は全会一致で可決、成立しました。
【国会傍聴記 衆院厚生労働委 2008-1-8】
自民党、公明党が議員立法で「薬害肝炎被害者救済特別措置法案」を提出しました(昨日付)。さっそく審議入りです。
「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法案」です。
薬害肝炎の被害者全員に治療費などを国が負担する法案です。
自民党(LDP)の大村秀章さんら法案提出者らが内容を説明。
原告団全国代表の山口美智子さんらから意見を聞きました。
舛添要一厚労相ら政府とのやり取りの中で、民主党(DPJ)の山田正彦ネクスト厚労相(弁護士)が
「血液凝固製剤投与に関して、状況証拠だけでも被害者認定されるのか?」
と質問。
法務省民事局長は「母子手帳に『出血があった』との記述がある」といった場合に、「その医院の院長がなくなっていて2代目・3代目の医師が継いでいる」といった例を挙げて説明。
母子手帳に記載のある受診時期に、A医院がフィブリノゲン、クリスマシンなどを常備していた記録があるといった場合では、状況証拠だけでも被害者として認められるのではないかという認識を示しました。あくまでも「裁判所の判断」のうえだとしました。
山田ネクスト厚労相は弁護士としての経験も踏まえ、一律救済法成立により、これから裁判に加わる人を念頭に
「訴訟を起こすのに、着手金など費用がかさむ」との問題も指摘しました。
河井克行法務副大臣(LDP)は、
「法テラスなどを活用して欲しい」と述べました。たいへん無責任な誠実さを欠いた答弁で極めて残念です。
採決の結果、同法案は委員会共同提出という格好になり、午後の衆院本会議に緊急上程されました。
【国会傍聴記 2008-1-8 衆院本会議】
午後1時4分開会。
河野洋平衆院議長の「あけましておめでとうございます」のことばで始まりました。
議事進行係が「薬害肝炎被害者救済法案」の委員会審議を省き、本会議で審議するよう提案(緊急上程)しました。
茂木敏光厚生労働委員長が趣旨弁明。最後に被害者の方に対するおわびの言葉がありました。しかし、これは委員長としての言葉であって、政府としてのおわびの言葉ではありません。
法案は全会一致で可決。
午後1時10分閉会しました。
【金曜日の参院本会議で可決、成立へ】
金曜日の参院本会議で法案は可決、成立します。
【ちょっと気になるので・・・かわいい福田衣里子さんのこと】

福田衣里子(ふくだ・えりこ)さんの本で、彼女のことがだいぶ知りました。
衣里子さんは1980年長崎市生まれ。
父親の仕事の関係で幼稚園からロンドンに。
父親は衣里子さんをほぼ毎週末、欧州各国に連れて行ったという。
4歳半で帰国、長崎に。
――4歳半の頃、帰国した。大きな世界の存在を教えられ、小さい町へと押し込められた。それが私の中で、無意識ではあるが、常にある大きな不満となった(前掲書、9ページ)
長崎西高校卒業。
広島修道大学人文学部心理学専攻に進学。
――19歳、大学を1年で休学し、旅に出た。
大学を卒業してからでもよかった。なんで、せっかく合格した大学を休学してまで、行かなければならなかったのか。その時、理由は全くわからないけど、今行かないといけないと強く思った。(略)
20歳、「C型肝炎ウィルスに感染して、20年経過しています」と言われた。
あんなにも焦っていた意味が今だとよくわかる。(前掲書、はじめに)
2004年4月、実名公表。
今も長崎在住で、東京に通いながら活動されていたんですね。
衣里子さんの“It’s now or never.”がこれで、
“It’s now.”になったんなら良いね。
【外部リンク】
Piquer ~Ennrico’s room – livedoor Blog(ブログ)
福田衣里子さんのブログ~薬害C型肝炎と闘いながら、刺繍をしつつ楽しく生きる27歳。