建設相・厚生相歴任、小沢辰男元衆院議員が死去(読売新聞) – goo ニュース
新進党解党時に当選13回生とイチバン長老だった小沢辰男先生が96歳で大往生されたそうです。連続当選13回は、海部俊樹初代党首(元首相)と同じで、小沢先生の方が年長でした。自民党経世会出身ですが、改革フォーラム21(羽田派)には参加していませんが、新進党結党メンバーです。
新進党では、両院議員総会長や、衆議院懲罰委員長を務めました。
ごらんのように第3回新進党党首選挙でも、党内融和のために万歳三唱を取り仕切りました。

[画像]新進党万歳をとりしきる、小沢辰男先生(中央)、左は惜敗した鹿野道彦前候補、右は僅差で続投が決まった小沢一郎党首、テレビ東京映像から。

[画像]新進党万歳をとりしきる、小沢辰男先生(中央)、左は惜敗した鹿野道彦前候補、右は僅差で続投が決まった小沢一郎党首、テレビ東京映像から。
ところが、このわずか8日後・・・

[写真]小沢一郎党首により一方的な新進党解党を報じる、毎日新聞。

[画像]新進党解党に反対する当時3期生の岡田克也さん、テレビ朝日さん映像から。
新進党解党。
ちなみに、この時点でも、衆院で10期生以上は8名いて全員閣僚経験者だったので、党が残っていれば、政権交代できたでしょう。
この後、小沢辰男先生は、当選2回で、自民党県議→日本新党初当選の石田勝之さん(前民主党衆院議員)にお願いされて、「改革クラブ」の党首に就任。これは、自民党系出身者だけれども引き続き、地方政党「公明」や創価学会会員のみなさまの支援をいただきたい、埼玉県などの若手がつくった政党。ある意味では、「新進党」の正統な後継者にも思えますが、第2次民主党が結党され、一気に参院選で大勝。一方、小沢一郎氏率いる「自由党」は野党第2会派に予想外の転落をしながらもコア議員コア支持者により先鋭化。そして、分裂していた新党平和、公明、黎明クラブ、一部自由党の学会系議員も「公明党」(New Komeito)に再結集し、改革クラブ議員は、石田さんのように民主党に移ったり、同じく埼玉県の並木正芳議員は自民党に移ったりしました。
小沢先生は連続当選13期のうち、最後の期は、比例単独1位で当選しています。なぜそうなったのかの経緯は分かりませんが、引退をするにあたって、特段「改革クラブ」に身を寄せる必要性はないと思われ、2期生の石田さんが頼み込む姿に、党首を引き受けたとされます。
旧陸軍主計大尉の経験はありますが、基本的には戦前の内務官僚らしい大変かくしゃくとした先生でした。80歳をこえてもかくしゃくとされており、池袋のとあるお店に、国会議員手帳を落としてしまい身分が知れてしまったことがあります。それを伝え聞いた人々は、小沢先生の若さに驚嘆し「かくありたい」「いや、自分が80歳代になったらそれはできない」と言いました。三文雑誌のネタになってもおかしくないような手帳紛失事件でしたが、多くの人は「小沢先生もわざと落としたんじゃないの」。やはり連続13期の長老となると、そのふるまいは何もかも尊敬されるから、政治家というのは面白いものだと感じます。
心よりご冥福をお祈りいたします。






