
いろんな動きの接点
昨年の5月22日、(略)参議院本会議場で「自分もがん患者である」ことを公表し、がん対策基本法の早期成立を訴えました。「政治家が病気を告白するのは、政治生命の危機」と言われましたが、僕にはそんなことは関係ありません。この機会を逃すと、がん対策基本法の成立はずっと遅れるという自分なりの見通しと、がん対策基本法の成立によって、がん医療や、さらには日本の医療水準が向上し、「救えるいのちは救うべき」と普段から思っていたことが実現すると思ったからに過ぎません。
そして、多くの方の熱意と行動が寄り集まって、がん対策基本法は異例のスピードで成立しました。やはりここでも、見えない力を感じます。
がん患者の視点(略)
がん患者イコール、リタイアではない
身体が辛いときは、「もう無理をしなくてもいいじゃないか」という声が聞こえて、リタイアしたいと思うこともあります。
しかし、当事者が動かねば行政は全く動かないことを、大学3年の時、「大阪交通遺児を励ます会」を結成し、それからの25年間かかわった交通遺児母子家庭への支援運動で痛感しています。
当事者自身の訴える力に勝るものはありません。病を抱えた当事者が、病気と闘いながら理不尽な行政とも闘わなければならないのは、政治の怠慢以外のなにものでもありません。(略)
自殺も減らせる
8年連続で3万人を超えている自殺者も、救えるはずの命です。自死遺児の支援を行っているあしなが育英会の玉井義臣会長から、「自殺を個人的問題としている間は、自殺者は減らない。社会問題として捉えなければならない」と教わりました。党内での勉強会を重ね、自殺予防に取り組む市民団体とも連携しながら、「自殺対策基本法」に取り組みました。
昨年の5月22日の参院本会議で、がん対策基本法と同時に自殺対策基本法の成立も訴え、成立にこぎつけました。(略)
民主主義を守りたい
もう一つ、僕は民主主義を守りたいと心から思っています。命を守るためです。お国のためにといって命を散らさねばならない状況を再び作り出してはなりません。今の、数の力で突き進む政治や歴史を語り継ぐことを軽視する社会を見ていると、戦後60年以上を経た日本に民主主義は育たなかったと思わざるをえません。
利他主義の薄さが、日本社会での民間活動の弱さにもつながっています。絶望感が強くなります。でも、何かやらないと、何も動かないことも事実です。
民主主義を守ること――これも僕に課せられた仕事です。
いのちを見つめ、大切にする「いのちの政策」。
それを、やれるところまで、やります。
僕は、与えられた命を生き抜きます。
抗がん剤治療で生み出された時間を何に使うのか。残された人生の貴重な1ページ、1ページに何を書き込むのか。(略)
健康であったらと悔しく思うことも度々ですが、がんにならなければ、いまのような仕事ぶりも、生活もありません。治療を続けていますし、少しずつ体力を回復し、良くなることを信じて日々生活しています。
「進行がん患者でもできることはたくさんある」、「いい仕事がいっぱいできる」というメッセージを、進行がん患者や難病患者、障がい者、虚弱な高齢者など、国の政策や社会から「役に立たない。お荷物だ」と見なされがちな人たちに代わって、社会に届けたいと思っています。(略)
僕は、自らの人生を生き抜きます。
2007年6月15日記








