「余命半年からの人生」参議院議員・山本孝史さん(1)

 自民党総裁選挙が続く中、僕は今日は、何を記事にしようかと考えました。21日付朝日新聞には、来年の通常国会まで重要となりそうな記事がいっぱいありました。
 さて、何から取り上げようか。そう考えていたら、ふと、民主党参院議員(全国比例)山本孝史さんのことが頭をよぎりました。

 今回は山本さんの公式ウェブサイト、「参議院議員・山本たかしです」
http://www.ytakashi.net
から、山本さんとその奥さんの手記をご紹介します。
 gooシステムの都合と多くの方に目を通してほしいという気持ちから、心苦しいのですが、要約させていただき、3回に分けます。全文を読みたい方はぜひ、上記URLをクリックしてください。

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いのちをかけて、いのちを守る。

山本たかし

「余命半年からの人生。がんイコール、リタイアではない」

夫・山本たかしにがんが見つかってから1年半になろうとしています。「治療しなければ余命半年」の宣告を受けての闘病と国会議員としての活動の日々。その間、感じたことわかったことなどを夫が手記にしました。

一人でも多くの方に読んでいただき、山本たかしの「いのちのメッセージ」を受けとめていただけたら幸甚です。

2007617

山 本 ゆ き

がん患者としての日々、その想い

朝、目覚めると

今日も、一日分の命をいただいた」と思うようになりました。
 
健康な時と違って、パッとは起き上がれません。目を開けたり、眠りに戻ったり、しばらく行きつ戻りつしながら、頭と身体を眠りの世界から現実に呼び戻します。激しく咳き込むこともあります。胸腺から肺に散らばったがんのためです。一日に二回飲む痛み止めの薬を飲み、妻の作る人参&りんごのフレッシュジュースを飲んで、身体がようやく動き始めます。

こんな身体でこれから先、国会の仕事ができるのか。でも、自分でなければできない仕事があるぞ」。こんな自問自答を繰り返しています。でも不思議なことに、今日の予定を確認して、「今日は、この仕事をしよう」と決めると、徐々に気力が出てくるのです。

僕のがん

 僕のがんは最初、胸の真ん中の肋骨の後ろ側にある胸腺にできて、そこから肺と肝臓に転移しました。自覚症状がまったくないまま、一昨年末に見つかった時、すでにその状態でした。がんの進行度を表す「期」では第4期、その先がありませんので、世間では「末期がん」と呼ばれています。もっとも、4期であっても治らないわけではありません。また「末期」の時間は、いくらでも延びていきますので、「末期」という表現も正しくはありません。とは言いながらも、極めて厳しい状況から治療が始まりました。(略)

がんでも働き続ける、国会議員としての想い

がんだからこそ、僕だからこそ

がん発見時に、余命半年と宣告されましたが、治療のおかげで1年半生きてきました。単に病院のベッドで天井を見つめているだけの延命ではありません。

がんと共存しながら、今の僕だからこそ以前にもまして、命を守るための仕事ができる、僕にしかできない仕事があると思っています。そして、がん患者の国会議員として、がん対策基本法の成立を後押しし、協議会を傍聴し、国会質疑に臨んできました。新たに得た患者の視点を加えて、医療政策を検証し、社会に改善を訴えることもできたと思っています。

見えない力に導かれて「いのちを守る」

僕は、運命というものを感じます。国会議員になったのも、そして、命をないがしろにするような国の政策に歯止めをかけ、薬害や自殺などの予防対策を樹立するような仕事が自分の手元にまわってくるのも、何か見えない力で、「これは山本さん、あなたの仕事です」と言われているような気がします。

命を守るのは政治家の仕事です。救えるのに救えなかった命、助けられるのに助けられなかった命がいっぱいあります。交通事故、薬害、自殺、難病、十分に治療を受けられずにこの世を去ったがん患者たち。いずれも政治の出番です。

がん患者となったのも、しかも治療が難しい進行がん患者となったのも、僕に「いのちを守る」役割が与えられているからだと、今は思っています。

参議院議員・山本孝史さんのメッセージ(2)へ続く

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