
既存メディア現役幹部ながら記者クラブを批判した「政治ジャーナリズムの罪と罰」の著作でも知られる元日本経済新聞記者で政治ジャーナリスト・田勢康弘さんがけさ2023年2月8日、神奈川県内で亡くなりました。報道によると、78歳没。
筆者は早稲田大学政治経済学部政治学科のメディア論の授業で教科書として「政治ジャーナリズムの罪と罰」で単位を取得し、1997年4月に日本経済新聞社に入社し、いきなり教科書の主と「同僚」になりました。28人の政治部の同僚ですが、田勢さんは機構上は論説委員会室所属で政治部併任辞令の4人でした。論説委員会室副主幹(デスク)で社説の大部分に目を通していました。新進党解党時には「政党の名前を全部言えますか」との社説を執筆(無署名)して異彩を放ちました。
故郷は山形県で、満蒙開拓と引き揚げで大変なご苦労があったやに聞きます。政治部長の肩書きがないのは前掲書と関係なく、ある専務が違う人物を重用したためとされましたが、論説委員として「風見鶏」を月1回以上執筆したり、歌手・島倉千代子さんの評伝を執筆しトークショーを開いたりと縦横無尽に活躍。前世紀(全盛期)から、糖尿病の治療をされていたと記憶していますが、テレビ東京番組のキャスターなど長く一線で活躍されました。
衷心より哀悼の意を表します。
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