【河村たかしさん】「長い間お世話になりました」【名古屋市長候補推薦決定】


 写真左は河村たかし名古屋市長選予定候補、右後ろは伴野豊・民主党愛知県連代表。

 民主党は3月24日、名古屋市長選挙(4月12日告示・4月26日投票)に出馬する河村たかし名古屋市長選予定候補(60)の推薦を役員会・常任幹事会で決定しました。

 写真の河村さん、いい顔してますね。「長い間お世話になりました。ぜひとも市長に当選して恩返しをしたい」と語りました。

 ◇

 河村さんは近く、小沢一郎代表に離党届を出す見込み。また河野洋平衆院議長に辞表を出すかもしれませんが、告示日の自動失職を選択する可能性もあります。このタイミングは市長選挙の当落に影響します。河村議員周辺は「自動失職を選ぶ」としていますが、僕は河村さんのきっちりとした性格からして、届を出すのではないかと推測しております。

 河村さんは衆院国会移転特別委員会の委員長だった時、「委員長手当」という追加のお給料(歳費)を国庫に返したことで有名です。このとき、河村さんは委員長専用の公用車(衆院が所有し、衆院職員が運転する)については「あいつ、乗り回していたよ」(同僚議員)。

 私はこれは委員長専用車に乗らないと、衆院採用の運転手さんたちに不安が広がる、と考えたんだろうと思います。河村さんの自著には、幼少期、河村商事の住み込み従業員さんと河村兄弟が仲良く写っている写真が収められています。



 中小企業主のせがれはこういうところはみっちりしつけられます。

 河村さんは議員立法が多かったこともあり、衆院事務局スタッフと仲が良く、あるときは事務総長室で30分ぐらい話し込んでいました。裏方さんを大事にする河村さんは偉いし、河村さんの親(河村商事の創立者)はもっと偉い。

 河村たかしさんが「党首・小沢一郎」に離党届を出すのは2度目になります。日本新党で初当選した河村さんは「今でも新進党」と考えています。私も同感。そして、これは河村さんに聞いて初めて気付いたのですが、1998年12月31日、新進党解党後、河村さんは自由党(小沢一郎党首)に行ってしまいました。たしかに民主党結党大会に河村さんはいませんでした。

 民主党の下、予想に反して野党第2党に転落した自由党は、自民党の小渕恵三首相との連携を模索するという、私にとって「2度目の裏切り」を模索しました。山一・拓銀ショック後で空前の金融大不況でしたから、自民党を徹底的に叩けば、政権交代を実現し、自民党を潰せたと思います。

 当選2回生だった河村さんは、小沢一郎党首の目の前で「自民党との連携に反対だ」ど離党の理由を説明し、目の前で離党届を提出しました。無所属を経て、民主党に8ヶ月遅れで入党しました。

 彼のような人物を僕の生まれ育った東京・下町では「一流」といいます。

 「名古屋市長」は男子一生の仕事。河村さんは絶対に国会に帰ってきてはいけません。お別れするのは辛いけど(涙)

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民主党:名古屋市長選挙で河村たかし衆院議員の推薦を決定 常任幹事会

 常任幹事会で24日午前、4月12日告示、26日投票で行われる名古屋市長選挙に河村たかし衆院議員(60歳・衆院愛知県1区選出・当選5回)を推薦することを決定した。

 河村議員は、常任幹事会で「長い間お世話になりました。ぜひとも市長に当選して恩返しをしたい」と語った。

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