
[写真]海保の船から北方領土をみる前原大臣と泉ケンタ政務官=NHKニュース
内閣府の沖縄北方担当大臣を兼ねる前原誠司さんが17日、根室市や、国交相としての指揮監督下にある海上保安庁の船で北方領土を視察しました。
この中で北方領土について、「終戦間際のどさくさにまぎれて不法占拠されたもの」との認識を示しました。
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沖縄北方の政務三役は、前原誠司大臣(京都2区、当選6回)、大島敦・内閣府副大臣(埼玉6区、4回)、泉ケンタ内閣府政務官(京都3区、3回)で構成されているようです。
歴史のカンタンなおさらいです。
昭和20年(1945年)8月14日午前2時、閣議はポツダム宣言の受諾について、大臣の賛成と反対が同数になり、内閣は機能不全におちいりました。今の憲法なら総理の判断が最終決定になりますが、明治憲法ではこの場合の規定がありませんでした。
この閣議は御前会議でした。総理大臣である鈴木貫太郎は、昭和天皇に歩み寄り、頭を下げ、“御聖断”を仰ぎます。御前会議は、天皇に発言権はなかったのですが、かねてより終戦をのぞんでいた昭和天皇はうなずきました。この瞬間に、終戦が決まり、翌15日正午、全国民に向けて発表されました。
さて、ソ連軍が宣戦布告もなしに、北方領土に侵攻したのは、8月28日のことです。これを前原大臣は「終戦間際のどさくさ」と言っていることに違和感を覚える方は、多いでしょう。
日本外相と陸軍参謀総長が東京湾上に停泊した米国の戦艦・ミズーリ甲板上で連合国への降伏文書に署名・捺印したのは、9月2日のことです。
私はロシア人監督が昭和天皇を描いた「太陽」という映画を見たときに初めて気付いたのですが、世界的に「先の大戦の終戦日」は「1945年9月2日」のことのようなんです。8月15日は国内に発表しただけであり、日本外相と参謀総長が東京湾の米軍の船の上で、降伏文書に署名した「9月2日」が終戦であり、その日以降が戦後なんです。
だからソ連軍が宣戦布告無しに北方領土に侵攻した8月28日はまだ戦後ではなかったといえます。
とはいえ、日ソ(日露)2国間では、「千島・樺太交換条約」という有効な国際法があり、大西洋憲章は米英ソの3国間の「世界分割」の約束に過ぎません。国際法上、北方領土は絶対的に日本の領土であり、その侵攻も、戦線布告なしに終戦を表明してから正式文書に調印するまでの「空白期間」を狙っただまし討ちです。またソ連は北方領土のみならず、東日本の占領を狙っていた可能性が高く、大義名分のない国際法違反であることは確実です。
「北方の領土かえる日、平和の日」
これは内閣府ビルや東京駅八重洲口にある政府の看板です。
北方領土の不法占拠をやめさせ、日露平和条約を結ぶことは、2国間関係にとどまらず、国際法が有効な国際社会を確保するために、世界へ、未来へ、日本がやらなければならない国際貢献です。
ぜひとも女優の淡島千景さんら北方領土出身者がご健在のうちに解決したい外交案件です。
それと、一つだけ付け加えさせてください。小泉首相が調印した「日朝平壌宣言」も有効な2国間条約です。ジレンマがあります。が、私は「日朝平壌宣言」に署名した小泉首相の判断とその後の対応、“罪”と言ってもいいでしょうが、たいへん重いものだと考えております。
資源小国である日本は、条約・国際法をしっかり守る、「小粒でも世界から尊敬される国」を目指さなければいけないとの理念を私は持っております。
前原沖縄北方担当相:北方領土を視察 「不法占拠」と発言 – 毎日jp(毎日新聞)
前原誠司・沖縄北方担当相は17日、北海道根室市の納沙布岬を訪れ、対岸の北方領土の島々を視察した。その後、根室海上保安部の巡視船に乗り洋上からも国後島を視察した。
前原氏は視察後、記者団に「歴史的に見ても国際法的に見ても(北方領土は)日本固有の領土。終戦間際のどさくさにまぎれて不法占拠されたもの。やはり四島の返還を求めていかなければならない」と語り、四島返還の実現に向けて取り組む姿勢を強調した。
領土問題をめぐっては、麻生太郎前首相が「(ロシアが北方領土を)不法占拠している」と発言し、ロシア側が強く反発した経緯がある。【本間浩昭】








