
岡田克也さんが、地元三重3区の国政報告会で、
「後世に人から、
岡田克也という外相がいたと言われるのではなく、
岡田克也は外相としてこんな仕事をしたと言われる外務大臣になりたい」と述べ、将来の首相就任に意欲を示していたことが分かりました。
岡田さんの首相意欲発言は昨年5月の民主党代表選で「民主党の代表になり、ニッポンのリーダーになる」との発言以来、10ヶ月ぶりだと思われます。
四日市市選出の三重県議会議員、稲垣昭義さんがブログで明らかにしました。稲垣県議は37歳で、当選2回。来年4月の統一地方選で改選を迎えます。
地元では、四日市港のスーパー港湾継続に関する重要な責務を担当していますが、私はスーパー港湾は横浜港一つに絞るべきと言う考えで、それは違うのですが、一つ志を同じくしていることがあります。
私と稲垣さんの「悪だくみ」は、岡田さんを日本丸の船長にしてしまおうという画策です。
「朋有り遠方より来たる」(論語)と申しますが、稲垣さんと「岡田克也論」を語り合うのは私の楽しみの一つであります。そうすることで、お互いの成長を確かめ合うことができました。これは岡田さんがぶれない人だから初めて可能です。稲垣県議と私は「鵬志会」という学生政治サークルの同窓生です。
そこで、共通の悩みは、「岡田克也さんはこれこれこういう人だから、日本丸の船長にふさわしい人です」と一生懸命に説明しても、なかなか、伝わらないということ。
そこで、私たちは言葉で説明するのは難しいから、「私はこういう者です。さて、ところで、私は岡田克也さんを支持します」と背中で説得できる人間になろう、と。
ですから、私と稲垣県議は赤信号を渡りません。なぜなら、私たちが赤信号を渡ると、「ああ、岡田さんも赤信号を渡るような人間なんだ」と勘違いされるからです。私たちは前に向かって歩いていますから、必ず信号にぶつかるし、また、ときに狭い道を通らざるを得ないこともあるでしょうが、少なくとも赤信号を渡らない。そうやって、「背中で応援演説ができる人間」になれるように心がけています。
これが「悪だくみ」の現時点での最良の作戦であり、現在遂行中・・・すなわち人生を生きている、旅の途中、というわけです。
どうか、あなたもこの作戦の賛同者になっていただけませんでしょうか。
岡田外相地元入り|三重県議会議員 稲垣昭義のひとり言
昨日は岡田外相 が地元入りされました。外相として多忙な中でも、月一度は地元入りして国政報告会等を行っています。午前中は、民主党第3区総支部の役員会並びに総会が総支部長である岡田代議士出席の中、ポートビルで開かれました。カメラ9台、多くの報道関係者が集まる中での開催でした。
午後は、岡田克也北勢政経セミナーが開催され、毎日新聞社特別編集委員の岸井成格氏 を講師に迎え「歴史の激動期を迎えた世界と日本」をテーマに講演をいただきました。
今年は、庚の寅年(かのえのとら)で、危機の打破・大転換の年まわりで、120年前も60年前も我が国にとって大転換が起こったとのことです。鳩山政権、中でも岡田外相に大きな期待を寄せてエールを送られていました。
また、蒸気機関の第一次産業革命、ITによる第二次産業革命に次いで、環境(自然エネルギーへの転換)による第三次産業革命が起こるとの話を非常に興味深く聞かせていただきました。
夜は、国政報告会が二ヶ所で開かれ、私は地元である大谷台地区に出席しました。朝から岡田代議士の話を聞かせていただき、普天間を含む日米同盟、ぎょうざ事件や油田開発を含む日中関係、FIAを含む日韓関係、ミャンマーの民主化問題を含む東南アジアとの関係、ハイチを含む国際貢献など多岐に渡りましたが、「国益」という言葉が何度も出てきたことが印象的でした。
大谷台地区では、「後世に人から、岡田克也という外相がいたと言われるのではなく、岡田克也は外相としてこんな仕事をしたと言われる外務大臣になりたい」と語られていました。
外相としての仕事に誇りを持ち、国益のために全身全霊をつぎ込まれていることが伝わってきて頼もしく感じました。昨日東京に戻られ、今日から米国に飛んで行かれます。私は、今日は今から自治会総会に何箇所かごあいさつに行ってきます。








