中道の第2代代表はきょう(令和8年2026年2月13日)小川淳也さんに決まり「
小川さんは、平和を訴えました。選挙前のスピーチで「
及ばなかった東大法学部卒業で、弁護士の階猛さん。階さんは「
私は人生で創価学会に営利目的の監禁を含めて5回裏切られたので、かなりナーバスです。それ以外にも新進党のときに恨みがあり、板橋区立小学校の体育館の演説会場で、明治大学の夜間部の学生だった玄素彰人さん(現・自民党=二階党=和歌山県会議員)が応援弁士の垂れ幕を「東京都板橋区議会議員」という長い肩書きで発注してしまったときのことです。公明党区議から直接指摘されていました。太田昭宏・衆議院議員側のスタッフ、おそらく創価学会の職員から、「新進党にもあきれるねえ」と聞こえるように悪口を言われました。が、太田代議士は新進党で、参議院議員が公明なのだから、そのスタッフは新進党なのではないかと思うのですが、創価学会内の厳しさを他人に押しつけてきました。垂れ幕の件はこちらが悪いです。また、創価班の人と2人で警備をしたことがありますが、小沢一郎党首の「普通の国」構想は「PKO協力法の自公民修正での成立」で小沢さんと手柄となり、小沢さんは改憲するなど一言も言っていないのに、壮絶な勘違いでできた1996年護憲・民主党のついて、候補者が新進党ではなく、民主党に移籍するのではないかと心配していましたよというので、小沢さんの高校の後輩だという縁から公認を得ているからそれはないという説明をしたのに、同じことを繰り返しました。この男性が「池田大作センセイが物理的に亡くなる日が私たちの真価が問われるのです」と池田さんの死に触れており、早稲田の学生として自分という人間をひたすら価値を高めることに邁進する日々だった私は、創価学会員が池田さんの死に言及したことに驚きました。が、実際に池田さんが亡くなったのはその28年後でした。
また長々と解体のですが、海部・小沢両党首の新進党の3年は「参議院公明を解党して新進党に合流しろ」と言ったのを神崎武法さんらが拒んだのに切れた小沢さんが解党したのであって、公明を残した池田大作さんの人を見る目が完全に正しかったということになります。歴史に「もしも」はないと言われますが、完全に池田さんが正しかったといえます。今回は、公明党の連立離脱、中道への入党で、ほとんどバラバラになる議員がいないという形になります。来年春の統一地方選も、中選挙区ですし、前々から党からお金をもらっていた現職地方議員はほとんどいませんから、かなりのボーナスステージで、当選しやすくなるでしょう。今後どうなるかはなんともいえませんが、落選した30代の前議員たちは、驚くほど「政権交代可能な二大政党政治」ということを言っていました。衆参両院だけでない複雑な選挙制度のもと、自分以外の選挙に興味がある幹部が実権を握れば、不思議と上げ潮になるでしょう。
岡田克也さんが落選した明確な理由があります。岡田さんは先代から、国道23号・近鉄名古屋線に沿った元信用金庫支店に後援会・総支部事務所を持ち、解散後も、巨大な看板を立て七つ道具を置き、選挙事務所をほかに借りることはありませんでした。ところが、パー券問題で、三岐鉄道・新名神高速に沿ったオフィスビルの2階半分に後援会・総支部事務所を移しました。私はてっきり、選挙事務所を他に借りるのだと思っていましたが、長年の習慣で、その2階半分を選挙事務所として届け出ました。これでは、「5枚ぐらい証紙ビラくれ」という支持者や、「組織としての推薦書を届けにあがりました」と言う職能団体支部長も動けません。ではなぜ、比例重複の供託金を納めず、選挙事務所を借りないという行動をしたのか。それは、ケチだからです。本人に面と向かって聞いたり言ったりしていませんが、私の分析が何より正解だと思います。
。このスパイ防止法案、中曽根内閣で廃案となった際「中曽根総理から勝共連合(統一教会)が預かった」との歴史となっています。

世界日報社から「誰にもわかるスパイ防止法」が、中曽根内閣最終盤の1987年9月(退陣は11月)に出版され、マンガ入りで編まれています。
この後に、第2次安倍政権で「特定秘密保護法」と「不正競争防止法の非親告罪化の改正法」が成立しています。これを受けて、岡田さんは、衆議院予算委員会でスパイ防止法の立法事実を聞く必要があるとしました。
岡田さんは「

【衆議院各派協議会 きょう令和8年2026年2月13日(金)】
【参議院議院運営委員会理事会】
【定例閣議】
新しい衆議院では、共産党とれいわ新選組は本会議で代表質問ができません。衆議院に党首がいないチームみらいは登壇することになります。
以上です。
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