サナ活ブームで、衆議院で与党が75%、参議院で与党が48%といういびつな構成。第221回特別国会は残り47日間。自民党の派閥批判から30年経って、野党の本部・議員団・県連のほうがよほど金に汚くなりました。
れいわ新選組では、東京地検特捜部の捜査が続き、東京の女性前議員の夫妻のお金の流れに関心を持たれています。同じ東京に事務所を置いた木村英子さんは、まったく関係なく、参議院決算委員会の差し替えで登場し、颯爽とした風を吹かせました。
中道改革連合、立憲民主党、公明党が「新・新党」方式で合併する案が浮上しました。小川淳也さんは「4幹事長招集方式」の一人として立憲民主党を結党しています。
●衆議院ほありませんがあす火曜日(2日)の後、あさって定例日外の水曜日(3日)も開かれることが固まっています。
【参議院決算委員会 きょう令和8年2026年6月1日(月)】
「令和6年度決算承認案」は6日目で、省庁別審査5回目で「裁判所、法務省、厚生労働省」。
冒頭に、参考人(緑の記章の民間人)として「NPO法人ワンステップかたつむり国立理事長」で「全国公的介護保障要求者組合理事長」の三井絹子さんが全会一致で認められました。


木村英子さんの質問で登場しました。三井さんは81歳。「みなさま、こんにちは、三井絹子です。私はこの文字盤を使って話をします。今日は、時間がないので、書いてきた文章を介護者に読んでもらいます。それでは、始めます。今日は皆様の前でお話しできること、大変に嬉しいです。皆さん見てください。私は今、介護者に頭を支えられています。なぜか。理由は生まれてこの方、首が座ったことがないんです。頭を支えられなければ息ができないすなわち生きていられないんです。1945年5月、疎開先の埼玉で生まれました。母親の強い愛情と、私にも生きる権利があるんだという母の教えのおかげで、現在の私が存在していると思います」と語りました。そして、「私が20歳になる前の出来事です。男が結婚することになり、私と同じ障害を持つ兄を、施設に入れてくれと懇願していたのです」と語り、自らも施設で過ごした体験を語りました。三井さんは話の最後で「街を住みやすく変え、人々の心も変えていきました。障害者が生きられる社会へと、私の兄・新田勲を中心に、地域で生きられる制度づくりをしていったのが、現在、私が会長を務める全国公的介護保障要求者組合でした」としました。障害者が施設より地域で在宅で生活する原則に変えた活動を振り返りました。この団体の書記長が木村さん(当選2回、昨夏は12万票で当選)ということのようです。
木村さんは、65歳の障害者福祉から介護保険の切り替え時の配慮や、訪問看護の待遇改善を、上野賢一郎厚生労働大臣に求めました。そのうえで「障害者自立支援法制定時の厚生労働省告示523号で、就労や社会的活動の同行支援での利用が制約されているとして、廃止を求めました。
ところで、あすも再審法の審議がありますが、元厚生労働事務次官で津田塾大学客員教授の村木厚子さんを偉人とあがめる向きもありますが、ある一面、障害者自立支援法(当時)生みの親としてはけっして評価されるべきではありません。日経新聞「私の履歴書」で財務省主計局とのかけひきがあったのは所見でしたが、「応能負担から応益負担への障害者福祉」とは一行見ただけでおかしいと分かる代物です。その後、障害者総合支援法による合理的配慮」となり、「運動会に出ないでください」という合理的配慮もあるようですが、自立支援法は廃止になってよかったです。
さて、自分のことを調べると、双極性障害Ⅱ型で施設にいる人は5%未満のようです。4年前に選挙で事務所で8時から17時まで活躍して帰宅したはずの人が、18時頃「聖地・日吉でビラを配らないとこの選挙にかかわった意味がない」と駅頭に登場。「大丈夫ですか、無理しないでください、っていうか日吉って聖地なんですか」と心を一つにした人も、今は経過として施設にいるようです。また、身体のハンディキャップがあるファンの男性が、石川大我参議院議員との裁判も第一回期日と判決の2回、神奈川県・大和市から介護士の介助でかけつけてくれたこともあります。先週の私は、月平均睡眠時間が4時間半、先週に限れば3時間まで追い込まれ、引越延期の決断をしました。ようやく6時間以上眠れるようになりました。以前はヤフー知恵袋に「双極性障害Ⅱ型で活躍する人」として、30代前半にして登場していた私ですから、これからは、障害の当事者として、また駅頭や裁判に来てくれるファンにも、もう少し敷居が低い場所や機会を設定していきます。そもそも、この「国会傍聴記」って、世界標準よりも多い人数の記者がいる日本で、私一人にしかできない仕事であることは、火を見るより明らかです。
きょうはセコムの撤去日で、3・4階に住みながらインターフォンがない人になりました。あさっての家事代行さんが来る時間は必ずいないと代行さんは携帯電話番号を客に伝えないのでいけないのです。きょう夕刻には、税金などに関してフェイス・トゥー・フェイスでの地域の若い経営者2人との交流もありました。「双極、糖尿、永田町、土地売買」なら、人の4倍ダイナミックな一日を過ごせます。そういう領域での原稿も52歳以降のこれからの1ヶ月ないし30年間書いていきます。
転居はしますが、第52回衆院選に向けて、交流する機会を増やしていこうと思います。

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