
立憲民主党と中国共産党が「交流協議会」を2024年8月29日に設置し、岡田克也幹事長と劉建超・中央対外連絡部長が覚書を交わしたことが、きょう9月3日の立憲・常任幹事会で報告されました。
岡田さんは超党派の日中友好議連で竹下派・新生党の先輩である二階俊博団長らと訪中した後、立憲の訪中団として北京と深センを訪れました。
覚書では、両党は定例的に会議を開催し、ハイレベルでの相互訪問と対話をし、若手中堅の相互訪問も強化するなどとしました。覚書の有効期限は5年間として、協議で継続するとしました。
田中角栄さんの政治的レガシーである日中国交は、小沢一郎さんの政治団体や政党が主催する「長城計画」として相互訪問をしてきました。その後、二党間機構の「交流協議機構」として2009年には650人規模の訪中もしましたが、尖閣諸島衝突事故の際は肝心のパイプが開かず、海江田万里代表が訪中した以降は立ち消えとなり、再開の糸口がつかめないまま今日に至っています。
岡田さんは、小沢一郎さんとの距離感から、交流協議機構・長城計画の訪中には参加しませんでしたが、2010年上海万博に首相の親書を持って外相として参加したり、下野後には同じ上海を本庄知史政策担当秘書(現・衆議院議員)との大柄コンビで雑踏を歩いたりしました。
また岡田さんの曽祖父は、日露戦争勝利後のバブル景気に孫文を菰野町の自宅に1泊2日泊めたことがあり、辛亥革命を支援した日本人の一人となっています。角栄さんに会ったことはない岡田さんですが、政治的レガシーとして、承継したいものとみられます。幹事長として現在、与野党間協議、事務局体制、党と業者との付き合いに関して、とくだんの懸案もないことから、岡田さんは続投の強い意志は示していません。が、衆議院議員の継続にはなみなみならぬ決意を持っており、今後も「交流協議会日本側会長」の立場として、立憲の対中交流で存在感を維持し続けたいねらいがあるとみられます。
以上です。
コメント
トラックバックは利用できません。
コメント (0)









この記事へのコメントはありません。