
11月1日未明午前3時3分の記事「【大阪16区の第2報】森山浩行さん当選」は1行だけでしたが、とにもかくにも、森山浩行さんは比例近畿ブロックで当選し、3期目に入りました。今年初めてテレビ入り予算委員会に登場し「総務省元・前・現情報流通行政局長」となぜか「高橋洋一内閣官房参与」のクビをとりました。そして、今度の任期では、「文通費日割り・使途公開法案」を衆議院事務総長に共同提出しました。
但し、後ろ盾だった、辻元清美・予算委筆頭理事と平野博文・選対委員長が落選してしまい、大阪府でただ一人の国政第2党の国会議員となりました。
当然のことながら、「立憲民主党大阪府連代表」に就任しました。来夏の参院選もありますが、再来年の4月に統一地方選前半戦で、大阪府・大阪市・堺市の議会選挙があります。大阪市議会ホームページによると、立憲公認は現在ゼロのようです。

2008年橋下ブームから続く立憲民主党の辛酸。以前は奥さんが大阪府議会に業務命令立候補させられ、映画さながら「政治家の配偶者は大変」と思いきや、実際には、夫婦で2連ポスターを貼ったり、マイクを持つ順番が初めて逆になったりして、楽しかったようです。
とはいえ「府連代表」になりたくて国会議員に立候補する人はそもそもいるわけがありませんから、リクルートからとなると相当な苦労だと思います。府連大会で森山新代表は「現場と対話を重視し、あらためて政権の選択肢をつくりあげていきたい」と語ったようです。長い道となりそうです。
さて、このあいだに、団塊ジュニア最初の月の1971年4月生まれの森山さんと最後の月の1974年3月生まれの筆者の政治改革の「熱病」期の大学時代の知己は、多くの人が、若くしてこの世を去りました。初当選直後にボランティアをしていた日大卒業生、テレビ・著作で活躍してた東大卒業生。さらには、明治大学の先輩である秋田県議会の定数2選挙区に2人いる自民県会議員の1人。そして私たちより若い、泉健太・立憲民主党代表の誕生。そして、森山さんより初当選が後輩の自民党4期生から3人が入閣しています。
その中で、選挙必勝法のようなことを書きたいと思います。オープンで明るい窓から入る光につつまれた森山選挙事務所では「5回連続北側一雄さんと対決なんて大変。でも当選しよう」との意思を全員が共有していました。北側さんと対決→当選しよう。この間に、数文字が省略されていることは分かるでしょう。「惜敗率86%の好成績」の比例議員として東京霞が関の総務省が当選証書を交付しました。

最後は強引なオチですが、「グリコは1粒300メートル」だそうです。1粒300キロくらい行くのか思っていました。それを思えば、政治で物を変えるのは木の板に穴をあけるような長い時間が必要なようです。
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