きょう木曜日(令和8年2026年2月12日)は、衆議院各派協議会が開かれ、浜田さん、小林事務総長、村井さん、落合貴之さん(青柳前筆頭理事は落選)らが出席し、第51期の衆議院では、議長は自民党から、副議長は中道改革連合から選出することで合意しました。一度決めると4年間院として変えられません。あすの各派協議会で、政府から第221回特別国会を18日(水)に召集したいと伝達される見通しです。
保守を自民党・維新・参政党・国民・保守党の5党だと分類して議席占有率を出すと、2024年10月の衆院選が56%、2025年7月の参院選が67%(非改選含む)、2026年2月の衆院選が85%となりました。それに関する統計はありませんが、85%も保守がいるわけなく、今後の地方選挙、衆議院小選挙区選挙とも、中道・リベラルは議席を増やすと考えられます。そもそも「女性初首相の解散総選挙」は後にありません。ボーナスステージとなりますが、創価学会を毛嫌いする国民が多い中で、中道の枠組みを維持するかどうかがそもそもの問題となります。
中道改革連合の代表選(菊田さん、浮島さんら)が9時半に告示され、10時半から階さんと小川さんが記者会見しました。
日本の野党史で、東大法学部卒業者2人による代表選は初めてだと思われます。東北・四国出身の東大法卒業者が野党の党首を争う時代にまで近代日本は進化してきました。きょうの会見では、責任ある積極財政について問われました。
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小川候補は「

詠み人知らずというか、私が作成したのですが、野田代表をかついだ直諫の会・一清会・花斉会は今回候補者を出しません。小川さんは、サンクチュアリを退会していますが、国のかたち研究会にも軸足があります。階さんは「幹成会」会長ですが、参議院議員はゼロとみられ、衆議院議員だけの中道の代表選に出やすかったと考えられます。一方、泉健太さんの「新政研」は、田名部さん、徳永さん、森本さんら幹部は、参議院で期数順も含めて良いポストを得ています。このため泉さんが「両にらみ」で今回の代表選に出ないのは妥当でしょう。泉さんが動いた方に、公明系も流れて、あす1時半に新代表が決まりそうです。
地方議員は、そもそも当選前から党からお金はほとんどもらっていませんが、前衆議院議員は生活や政治生命に直結するので、中道が維持するか、立憲に戻るのかということも含めて不安なところだと思います。公明新聞の発行や記者、印刷所はどうなるのでしょうか。野田さんは浪人中に新進党を解党されてしまい、細川護熙さんや樽床伸二さん、公明千葉の富田茂之さんらと情報を交換しました。このとき、斉藤鉄夫さんや冬芝鉄三さんは公明にうつり、久保哲司さんは小沢さんの自由党に行ってしまい、もう1回当選しましたが、56歳で亡くなってしまいました。私は新進党結党大会の準備委員会(本部=日本新党本部)で、久保さんや秘書団と仲良くなり、その後対場が変わって、日本経済新聞政治部記者として衆議院議院食堂で久保さんをみかけてご挨拶したところ、隣席の斉藤鉄夫さんが立ち上がって私に挨拶してくれました。前日、立憲の党本部で、畏友の横田一記者が「私も東京工業大学です」と斉藤さんと名刺交換して和気藹々としていたので続こうかと思いましたが、野党第1党でない野党党首なのにSP付きで、急いでいたようですので、名刺交換はしませんでした。ちなみに、谷口隆義さんという人は小沢自由党から公明党に戻って小選挙区当選して総務副大臣もつとめました。今回、公明党が衆参とも離脱者がいないとされますが、新進党から公明党にかけては乱れがあり、この過程で、神崎武法代表のもとの幹事長が冬芝さんであり、太田さんでも久保さんでもなかったのは、冬柴さんが政局的に動いたからです。こういう要素もあるわけです。
4年間の浪人に関しては、連続当選10期29年の衆議院副議長として郵政解散にあい落選した浪人中の中野寛成さんに会いに行った名作記事「午前7時の“三権の長” 中野寛成さん(大阪8区)」「前衆院副議長、中野寛成さん(大阪8区)との一問一答」を読むと勇気がわくと思います。SNS総量がいまより数千分の1のころですから、そうとう感謝されました。その後、議員会館で中野さんから「宮崎君になにかお礼しないといけないな」というので「センセイ、別にいいですよ」と言うと、「ところで、宮崎君は誰々議員をどう思う」と20代の比例単独の議員の人物鑑定を問われました。要するに、政権交代から1ヶ月、現職議員が遅れたきたサークル夏合宿のように浮かれていた頃に、私は、その後、東日本大震災時の国家公安委員長になる、元衆議院副議長から「今期で引退する」と打ち明けられていたわけです。郵政解散で落選中には4回くらい会いに行った中野先生とは、議員勇退の解散当日以降、電話はいただきましたが、直接会ったことは一度もありません。今は国民民主党の大阪府連で、顧問のような役割をしていると思います。浪人中にお会いしたときに、万博から40年を過ぎた豊中市の駅前で「今、自宅が再開発だから、後援者のご厚意で、そのマンションに住んでいるんだ」と聞きました。また、麻生解散先送り戦術のさいに、巨大な選挙事務所で「センセイ、だいじょうぶですか」と聞いたら「うん、だいじょうぶ」と言いつつ目は中小企業社長のように泳いでいました。このような過程を経て「日曜討論の常連の野党のダジャレ議員」から「内閣でも再重鎮」へと変身する4年間の浪人生活でした、今思えば。さらに立場の違いで言えば、浪人に前後する期間の男性秘書が、国務大臣秘書官になって、最初に会館で会ったときに、こちらが所望しないのに大臣の名刺を渡されました。これは、職務質問されたら自分で国家公安委員長の名刺を見せて警察官に自分の責任で対応してくださいという意味で、国家公安委員長の携帯、大臣秘書官の携帯、会館の直通、役所の代表電話を知っていても、自分で解決してください、という意味です。ことほどさように、地位と立場ゲームの政権交代ある衆議院の仕事ですから、向いていない人は4月に就職してしまってもいいかもしれません。どんな名門でも、「立場を超えて集まってくれる利害関係のない大学同級生たち」などいません。「毎週月曜日朝7時に、小田原駅前で朝立ちして再起を期します」としても、新幹線でも在来線でもフラッと立ち寄る同級生などいません。そこは自己責任で、党のお金と地元の支援者の両立だけを考えるしかありません。ところで、その秘書と別に、郵政解散時の公設秘書の一人から、退職金で揉めたと聞きました。話を聞くと、ややその秘書の言うことが強気すぎるようにも感じました。また、長年会館の秘書をして公設にまでなったのだから、地元で選挙を一度してみたいという要望もあったけどかなえられなかったということで政党幹部常連の議員秘書には他の秘書と違う思いもあり、全体像が見えにくい世界なのだと感じました。
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