あす首相入り集中審議7時間コースが立ちました。国会になってから、予算案が年度内成立した年で衆議院が参議院に送ったのが最も遅くて3月9日。13日想定でも4日間過ぎることになりますが、土日祝が7日間もあるから、記録達成の余地はあります。けさ10時、参9野党が議長・副議長に慎重審議も申し入れました。
東日本大震災のときの国会議員で、きょうも国会議員(現役首長含む)なのはわずか17%。このニュースサイトを始めた2007年8月4日と比べると18%となります。落選により院を替えて国政復帰した現職衆参議員がかなり多く、中小政党の幹部も長くやっている人が多いです。
【衆議院文部科学委員会 きょう令和8年2026年3月11日(水)】
「義務教育定数標準法」(221閣法9号)の質疑も終局しました。次回、「221閣法8号」「221閣法9号」が同時に採決されることになりそうです。
そんななか、正午の週刊文春電子版は、松本洋平大臣の不倫を報道。お相手様女性は有料部分で「奥さまに対して慰謝料をお支払いできないかと彼に相談を差し上げているところです」としており完全にクロですが、だとしたら「2人のライン」の流出元がどこか微妙なところです。私と同じ昭和48年度生まれでは小渕さんに続く2人目の入閣者で、早慶卒では初(小渕さんは1年制度の大学院)の入閣でしたが、まさにご多分に漏れず、1発1中で浮気かと残念です。例えば、昭和48年度の早慶卒の非世襲では私と同じサークル同級生の石川知裕・元衆議院議員(故人)が初当選が先ですが、1998年2月の深沢で自動車掃除をしているときに、フジテレビ政治部女性記者から「私、宮崎記者と友達なんですよ」と言われて「あー、宮崎なんて全然知らないんですよ」と悪態で返した後に「フジのかわいい子(年長)、全然話してくれなくなった」と言っており、だったら初めから悪態つくなと思いました。石川さんはそういうことはないのですが、私も早稲田を代表するサークルの幹事長経験者で首都圏に住み続けながら25歳頃から性格が閉鎖的になりましたが、首都圏に住むこの時代の早慶は浮気は多いです。受験戦争の反動で浮気をするわけではないでしょうが、幸福の判断が絶対的でなく相対的であることもあるでしょう。同級生の政経卒社長2人暮らしから「京都行の新幹線回数券を自宅内で発見した」と相談されたこともあります。浮気による微妙な嘘つきは脳がアル中で、資本主義の敵です。
【衆・外務委】
「在外公館名称・位置・給与法改正案」(221閣法10号)の質疑が終局しました。報道では、米当局がイラン・イスラム革命防衛隊がホルムズ海峡に機雷をまいたと話した後に、大統領が「まいていない」と否定。機雷をまく船を捕まえたと発表しました。きょうの質疑で、参政党で兵庫6区10・72%で比例復活当選した谷浩一郎さんが「対策は」と問い、茂木敏充外相から「申し訳ないですが、対策ということはどういうことで、言っているのか明確にしていただければ答弁しやすいです」と返される場面もありました。
【衆・農林水産委】
異例の日程は続き、朝8時に開会し、所信に対する一般質疑2日目を開催。その後、9時半から10時半まで予算委の中道の時間帯に要求があり「大臣の体」がとられ、休憩、再開しました。そして最後に「JRA法改正2法案」(221閣法11及び12号)が趣旨説明されました。
【衆・予算委】
「令和8年度予算案」は10日目。一般的質疑は、省庁別審査3日間を入れると、5日目となります。3時間コース。あすは7時間集中審議となりました。これで、NHK国会中継入りでの高市早苗首相の委員会出席は、24時間になります。イギリス庶民院の党首討論は週1回、首相と最大野党党首は5往復で30分間ですから、イギリスの一年分には到達します。
公聴会で小幡績さんを呼んだ国民民主党が支持者からSNSで非難されています。「これでも財務省出身」と語った小幡さんですが、与野党とも緊縮財政のガラスの天井が取り払われ、ザイム真理教が終わった証左です。
【参議院調査会】
3つのうち2つ開かれました。
●水曜日ですが、参議院の本会議と憲法審査会は開催されませんでした。
●東日本大震災慰霊 首相は福島市、小川淳也中道代表は岩手県の陸前高田市、水岡俊一・立憲民主党代表は、大川小学校など宮城県の石巻市と仙台市で過ごしました。
●母・宮崎愛子の修学旅行・中学卒業式・バブル電友商会の写真と「3・11防衛大臣」の凜々しい姿発見。
さて、母が亡くなって130日以上となりましたが、遺品整理はまだまだ続くよ。今週は、1970年末に不渡りとなった約束手形100万円分を押し入れから発見。いつか換金できると保存して55年たったようで、他にも数枚ありましたので捨てました。これは引っ越し業者の前でも、新居でダンボールをほどした後でも見分するわけにもいかないから、もう少し作業が続きそうです。
で、初めて、母が長野市の電友商会の社員だったころの写真を初めて発見。東芝のテレビ受像機を独占的に売る会社で、ボーナスが2回出るなどバブルだったようです。日米ともよくある話ですが、社長が厚生年金をわざと多くかけてくれていたとのこと。渋温泉での慰労では、女性だけスーツ姿だったり、男女とも浴衣姿で寝室にいる写真も。また合同ハイキング(合ハイ)で立山などに行ったときの写真も。高校1年生から長野市中心部に通ったことで、化粧やおしゃれもうまくなったようです。母は何が何でも東京に進出したいことから、電友商会では恋愛をしないと固く誓い、既に東京で成功していた3歳年上の父と長野市内で結婚して上京しました。但し、世代間格差の論点から展から逸らすために書きますが、ハイキングは、立山の蟻の門渡りで、お調子者のムードメーカー若手宴会部長男性が「へいへい、へいへい」とふざけて足を滑らせて即死したことで、中止になったようです。ハイキングをしなければそのような死に方はしません。バブルの正社員でも、そうやって「職場で戦死」した男性もいるとのことで、時代と商品囲い込みがすべてではないと付け加えておきます。
長野市立川中島中学校の修学旅行と卒業の写真も初めて発見しました。このときの母は今も昔もいない「中(なか)分け」の髪型をしており、ドブスで、「紙鍵盤でピアノを練習する」天真爛漫すぎる人でした。そして、「3・11」に前後して防衛大臣を2年間つとめた北澤俊美さん(ご健在、「トシ先生」)の写真もありました。修学旅行は奈良県だったようで、長野→名古屋→近鉄と行ったようで、精悍な面構え。そして、卒業式は、男性の学生21名を、背の高い9名、背の低い12名に分けて、9名が最後列に並んだようですが、北澤さんは、右から数えて5人目、左から数えても5人目、センターで移っており、後々の防衛大臣の片鱗が15歳で見えています。隣の男性が背が高いですが、北澤さんは背が高い9名のセンターに収まっています。強制坊主頭の卒業式より、奈良の修学旅行の方が学帽をかぶっており、元一等陸佐の佐藤正久前議員から「大臣は知識が足りない」とひたすら罵られたころと比べても、北澤さんの方が陸将っぽい雰囲気でした。羽田次郎さんにも伝えなきゃ。トシ先生も次郎さんも総計2回ずつ落選していますから、惜敗者もこれからです。







●あすの予定 予算委、災害対策特別委、農林水産委は「JRA法改正2法案」(221閣法11及び12号)。木曜日が定例日の総務委はきのう日切れ法案の質疑終局がされており、開かれません。「NHK予算承認案」はあすはやりません。衆の本会議もありません。参は予定がありません。
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