
けさまでに、第27回参議院議員通常選挙での長野県入りを断念しました。予定稿を公開します。
東京で生まれたのに、宮崎「信」行という信州に関わり続けるプログラム規定を親に埋め込まれた私。私にとって長野県民の親友は、ただ一人しかいない「県選出元総理の子」羽田次郎さん。東京で見た4年半の羽田次郎議員の歩みを報告します。
●外交防衛委員 前回の選挙で「アメリカの大学で人種差別にあった」と告白し、世襲批判を跳ね返した次郎さん。でも、アメリカの大学生活は無駄でなく、白真勲、小西洋之両理事という最もテンション高い先輩のもと委員会につきました。両理事が出番を独占しそうなイメージですが、逆に次郎委員がヘビーローテーションで登板。その間に両理事が大臣に詰め寄る隙をうかがうという即戦力ルーキーとして勤め上げました。

[写真]堪能な語学力を携え、欧州議会の外交委員会の各党代表団と立憲民主党代表との意見交換会に出席した羽田次郎さん(左から2人目)。

[写真]堪能な語学力を携え、欧州議会の外交委員会の各党代表団と立憲民主党代表との意見交換会に出席した羽田次郎さん(左から2人目)。

[写真]「経済安全保障チーム」では、「記者」出身枠の杉尾さん(右端)とも議論するなど、チークワークの良さを発揮した羽田次郎さん(左端)。
●決算委員 毎回質問する省庁がかわる決算委員会は1期生の登竜門。国会クラスタと呼ばれる常連傍聴者たちからオヌオヌこと小沼巧議員に勝るとも劣らじ論戦力と評されました。新人王の投票があれば全体2位になったでしょう。
●農林水産委員 任期最後の1年間は農林水産委員に。これは執行部が長野県区で羽田次郎は落とせないと考えている証拠。但し、9年前、自民党安倍派のW林K太さんは農林水産委員長をあてがわれて総理とともに「落下傘(杉尾さん)より健太さん」と絶叫しながら落選しましたから、次郎農水委員も安泰ではありません。コメの政府公定価格を、今の制度にしたのは羽田さん。コメ農家にも自由を、という政治改革に通底した思想をこれから具現化していくことになります。
●常任幹事 立憲民主党では党大会に次ぐ常任幹事会に北陸信越ブロック選出常任幹事として1年間席を並べました。4年やれば1回は順当に回ってくる役目かなと思いますが、平均以上でなければ選出されていないと思います。
●国政野党27回連続当選かかる 今回の選挙で自民党の藤田ひかる候補が当選すれば県選出に限れば初の女性国会議員になります。隣の新潟県と比べて、長野県の女性の家庭内社会的地位が低いようには、私には思えない、むしろ強いかと思いますが、政界に限ればそうなります。しかし、もっとすごい記録がかかります。羽田さんが勝てば、戦争に負けてから、27回あった参議院通常選挙で連続して国政野党候補が1人以上当選した選挙区になります。
●政府は当たり前に嘘をつく 契約書にサインして満蒙開拓団員6000人が政府に騙されたことを長野県民は知ってます。東京から昭和16年12月に軽井沢町に縁故疎開した平民のトップ、正田美智子さん改め上皇后陛下ご夫妻は、今でもテニスコートより先に大日向干拓地を訪れています。自民党王国なら小諸や中央本線も新幹線だったかもしれませんが、先人の苦労を知れば与党一択はありえません。
●「尊敬県信州」の誇りとともに 東京では長野県出身だと言うと尊敬されます。本当です。4年前の選挙では南信も含めて「羽田孜という人は、1993年にこういうことをした人だよ」という家庭内の会話があったようです。自民若手県議は「1993年、この上田が日本の政治ドラマの舞台となりましたが、地域振興も考えて投票してください」。当時は熊本の殿様が騒がれたので大河ドラマと取り違えている気もします。地域振興は大事。でも参議院は良識の府。
⚫︎羽田家の30人規模の新年会は昔の話 時は移ろい「羽田さん」は「ツトム先生」(ツにアクセント)となり、次郎さんが「羽田さん」になりました。羽田の大名跡が残り考えるきっかけになることが未来世代への仕送りです。羽田孜(歴史上の人物なので敬称略)に似れば似るほど羽田次郎さんは大丈夫。もはや世襲だからこそ送るべき存在が「長野の羽田」。政権交代ある二大政党制から、政権交代ある穏健な多党制へと移行しそうです。煽りや陰謀論や排外主義とは無縁の教育県・尊敬県の誇りを持つ県民はすべて、羽田次郎を国に送り出すべきです。
以上です。
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