
なお、上の写真は週刊文春電子版で、この人物は翔太郎氏でなく、首相の甥。新閣僚の記念撮影で知られる階段に、アイスをなめながら横たわっていることが悪質とされたようです。
内閣法では、首相秘書官に政務担当と事務担当の区別はありませんが、岸田内閣はおそらく史上初の政務秘書官2人態勢で、元経済産業事務次官と翔太郎氏となっていました。
岸田さんが初めて総裁選に出たときは、日本テレビ「真相報道バンキシャ」が赤坂議員宿舎近くのスーパー肉のハナマサで、買い出しして、宿舎の3人で、鍋に興じる「庶民的な姿」をアピール。しかし、8月に鍋というのは、私にはずれたファミリーだと感じていました。
この建物をめぐっては、2・26事件の岡田啓介首相が本人・息子らが海軍ばかりなのに、娘婿に陸軍がいて、新年の挨拶の帰りに官邸職員に案内されました。この時に書いた見取り図が、陸軍反乱軍(即時鎮圧)に渡っていたとされます。しかし、このことは岡田首相らが、陸軍所属ならば内部での情報共有はやむを得ず、首相の娘夫婦が新年の挨拶に来て、官邸職員が何のもてなしもせずに帰宅させるわけにもいかなかったため、不問とされています。これに比べると、首相の親族の年末年始でも、そうとうずれているといわざるをえません。
岸田さん65歳は、祖父も父も65歳で亡くなっていることから、自分と子の関係の心情には、他の人には想像できない内心があるかもしれません。
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