参・予算委は、きょうは特別委委嘱審査あすは常任委、衆は分科会飛ばしも、参は向こう3年間変わらない見通しで「解散の大義」首相は説明省いて居座るもよう

 特例公債法を成立させて、きょう4月1日、参・予算委延長戦に入りました。昨夜は官報特別号外が4本でて、「令和8年から13年までの特例公債法」が令和8年法律13号となりました。

 例年通り「委嘱審査」がありました。総理入り審議(英国なら週45分程度)のスリム化は歓迎したいところですが、衆参の構図は3年間変わらず、その間に自民党総裁選も来ます。

 衆議院はあすの本会議を午後2時半という珍しい時刻から開いて、「国家情報会議設置法案」(221閣法24号)が審議入りして、総理も答弁する見通しです。

【参議院予算委員会 きょう令和8年2026年4月1日(水)】
【参議院特別委員会 同日】
 「令和8年度予算案」は9日目で、予算委員長は特別委員長に第74の4条にもとづき、1日だけ「委嘱」しました。なお、政治改革と北朝鮮拉致の特別委員会は開かれませんでした。
 ●ODA・国際協力・人道支援特別委員会 まず、茂木外相が所信的あいさつをして、これに対する質疑は後日に譲りました。もう一度、茂木さんが発言し、予算のODAの部分を説明しました。質疑では、立憲民主党の石橋通宏さんは「参議院の独自のしくみとしてODA特別委を設けている」とし、一時「北朝鮮」と合併したが、再度独立したとしました。また、ODA調査団(羽田次郎さんらも参加、委員会への報告は後日)も説明しました。石橋さんは、ミャンマー軍事政権や報道で、笹川陽平・日本財団理事長が「日本政府代表」として国軍司令官らと会っていることを強く批判し、解任すべきだと外相に迫りました。

 実は、私はきょねん珍しく「政治家にお願い」をし、ミャンマー人の知人が同じミャンマー人から居抜きの経営権をあまりに高額で売りつけられたのではないかと思い、本人とは別に、同国とのパイプがある森山浩行代議士(当時)に相談したところ、より詳しい石橋議員の事務所と相談して、在日本で信頼されている団体同朋らを紹介してくれました。やはり「いくら以上だと不法・違法」ということはないし弁護士費用は別途かかるので当人は区切りをつけて店を繁盛させるということでしたが、石橋先生に労をとっていただきありがたかったです。在日本の外国人の人は同じ出身の人だから信頼できるものではなく、多様性と共生社会は掛け声だけではとうてい実現できないと思います。

 また、開会直後に大きな地震がありました。質問の最後の大島九州男さんが「茂木大臣、さきほどの地震は栃木県のまおか市で5弱でしたよ」と初めて話題にしました。「まおか市」でなく「真岡市(もおかし)」で、森山前代議士の1年後輩の中村和彦市長が市議6期を経て、市長についています。私と同い年で学生時代から面識もありますが、なかなか知ってる先生と知ってる先生は知り合いではないという国会という世界に奥深さを感じました。大島さんは衆院選中に街頭で、れいわ新選組の山本太郎代表ではない幹部について忌憚のない意見をすっぱりと話してくれていました。

災害・復興、沖縄・北方・地方、デジタル・人工知能、消費者問題、こども・子育て・若者活躍特別委員会も各々開かれましたが、黄川田仁志大臣の掛け持ちが多いので、18時過ぎとなる委嘱審査もありました。6つの委員会すべてで大臣の所信的あいさつがあり、その質疑は後日に先送りになりました。きょねん8月1日の初登院後は維新の議員も含めてきょうが特別委で初質問だと強調するシーンが目立ちました。

【衆議院選挙に関する各党協議会】
「YouTube社」(Google社)の担当者を呼びました。

【閣議 きのう】
 きのうの定例閣議で、次の議案が国会に提出されました。「日加刑事共助協定」「日本・キルギス租税協定」「環境保護に関する南極条約議定書の附属書Ⅵの締結」「国際民間航空条約第50条(a)の改正に関する2016年10月6日にモントリオールで署名された議定書及び国際民間航空条約第56条の改正に関する2016年10月6日にモントリオールで署名された議定書の締結」「万国郵便連合憲章の第12追加議定書、万国郵便連合一般規則の第4追加議定書、万国郵便連合一般規則の第5追加議定書、万国郵便条約の第1追加議定書及び万国郵便条約の第2追加議定書の締結について」の条約承認案。
 法案は「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律の一部を改正する法律案」「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律及び道路交通法の一部を改正する法律案」の2本です。

 さて、きょうは最も個人的なことをかなり書かせてください。

 まず、兵庫県立五色県民健康村健康道場がきのう(2026年3月31日)で閉院したと報じられました。私も30年以上前から、おそらく7回程度行ったことがあります。なお時期は重なっていませんが、近畿の某代議士経験者の夫人も常連でした。第2代道場長は笹田信五先生で、77歳ということですが、兵庫県の職員であり続けたと思います。断食のことを「ファースティング」と名付けた笹田先生の本は何冊かありますが、私は若い頃は塩分の取り過ぎの反動で2日で2キロ痩せてスキップしたこともあります。私はその後、双極性障害2型につながる前段階での薬を飲むことになって、7泊8日の断食はできなくなり、低カロリー食となりました。かつては、渡り廊下の別館の1階のロビーで大人同士がトランプに興じたり自主グループで散歩したりする雰囲気もありました。また、なんばで前泊してから大阪南港・海遊館近くから南海フェリーで行ったり、新神戸から舞子を経由した高速バスで行ったりと時代に合わせた車窓も楽しかったです。また、MBS角淳一アナ、関テレ関純子アナらの顔は、東京のワイドショーより長時間拝見していた気がします。角さんのコメントの端に「東京も、そんなにガンバらへんでも」というたたずまいがいやしでした。私は身長164センチ、体重128キロまで行ってしまいましたが、ことしになってから東京の街で、「あの人私より太っているな」とすれ違いざまに脳裏に浮かんだのは1、2回のような気がして、私のような肥満児・肥満者が日本からすっかり減ったのは、良いことだと考えます。30年前から、笹田医師に後継者がいないのではないかと7人部屋のときも、1人部屋のときもひそひそ話をしていましたが、それも含めてやり終えた笹田先生はすごいと思います。

 さて、さわやかではない話です。一人暮らしから8ヶ月掛けての引っ越し・本社移転計画で、今でも金目でない遺品整理に追われています。先週、次のような物が出てきました。このように人をうんざりする個人的な思いの暴露は、これが最後になると思います。「りんどうクラブ(桔梗の会)」の設立趣旨や規約の藁半紙が正本と副本出てきました。「東京都在住のいとこが年1回親睦旅行をして会員相互の親睦研修をはかる」というものです。会長は母で、会員として私を含めた21名の名前があります。私の父の会社に事務局が置かれ、足が出たら補填すると定めています。ところが、「父から見たいとこ」は一人も居ません。21名中父の血縁者は3人だけで、21名中明確に「宮崎派」と言えるのは父と私の2人だけで、21人中2人の弱小派閥です。それなのに事務局を置かれて、旅行代金の赤字は無限補償をしなければならない規約です。この旅行は1回乃至2回程度、私も行きました。但し、「都内」といっても、東京経済は「都東部」と「都西部」は別の経済圏との認識を持たないとビジネスは成り立ちません。「いとこ」の定義と無限責任条項は、民法の趣旨からして受け入れられないものです。こういう理不尽から、父を2018年まで84年幸せに生きさせたのは、父は私という息子を持てた天佑があったからだと、本気で思います。最近出版された不動産投資の本では、家族の理解と専業でのメンタルについての記述が出てきています。不動産投資家兼政治ジャーナリストという地位はほぼ盤石となり、父から受け継いだ瀧野川信用金庫おそらく600ヶ月連続無遅延という記録の重圧も受け継ぐ私としては、これを見てぐったりときてしまいました。で、先週土曜日の夕方から、最高38度4分の熱が出ました。私は体質的に36度か39度で、37・38度台の微熱は出ないのですが、強い体ではないのものの、十数年ぶりに微熱が出て、熱冷ましで月曜朝には36度4分まで治しました。ここで仮説として、日曜日に登録していた立憲民主党大会で、人物は好きな日教組組織内の代表と、創価学会員の公明党代表が来賓として現れるシチュエーションを予習して、熱を出してしまったのではないかとの仮説です。岡田克也さんと森山浩行さんらがいなくて、日教組・創価学会両氏が登壇する会合に日曜日にのこのこ出かけられない。そして、きょう4月1日朝9時半から、立憲8、公明8の16名の中道改革連合事務局発会式。中道前衆議院議員は、つながって東京の情報を共有するかたちとなっていますから、資金繰りに悩む政党を、私が一から追いかけることはないなと思っています。それでも、情報があれば、書きます。

[写真]体が弱い私を小学校皆勤賞にするまで支えてくれた母。

[写真]引っ越し作業に時間をかけているうちに、隣地の売却に伴う先週、47年ぶり又は初めて露出した本社ビル(おととし売却)の裏側、設計・素材ともモダンなつくりになっている、3階・4階は私が1人で居住しており外に出るときは基本的に照明を消せよと自省、先週。

 また移転作業に時間をかけていたことで、偶然、隣地の売却・取り壊しとなり、自分の家の裏側を47年ぶりか又は初めて見ることになりました。これも、ストレスになったかもしれません。あと「ジェミニ」が面白くて、ずっと私の人生について質疑を重ねていました。上述の通り、熱はおさまりました。もうちょっと背広着て取材したり、歩いたりしないといけないし、そもそも一日1・5万歩平然と歩けるのですが、どうしても弱気だと歩けない、一日の中の血糖値の変化が激しいので気弱になりやすいというとこです。

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