【第49回衆院選】立憲現職は既に「選挙事務所開き」(後援会事務所)現地とズームで100名以上が「顔出し参加」、与党現職は前首相を招いたハコを企画

再来月の第49回衆院選に向けて、立憲民主党現職が選挙事務所(正式には公示日前日までは後援会事務所)の開所式・事務所びらきをスタート。

衆議院大阪16区は、現在、公明党現職の北側一雄さんと、立憲民主党(比例近畿復活)の現職・森山浩行さんが出馬を予定しています。

森山ひろゆきさんは、今週令和3年2021年8月9日(月・振替休日)の午前10時から、堺区で事務所びらきをしました。

アプリとウェブでの会議システム「ズーム」を使ったハイブリッド式となりました。

司会は、「総支部堺区東区担当幹事」の女性が担当し、全出席者に「顔出し」を要求。当日は長崎原爆忌で、恒久平和を願い全員で黙祷。セガワ後援会長は「今黙祷したが、私は昭和20年生まれ。前回選挙の出発式では孫の力を借りてでも勝ちたいとあいさつしたが、その孫も4歳で、私の来年の喜寿は孫の笑顔を見たい未来へのたたかいだ」と現職のキャッチフレーズをちりばめギアを前にしました。

来賓は、全水道の二階堂健男・中央執行委員長が「ワクチンを接種し、PCR検査を受けて東京から来た」とし「最後までがんばりましょう」と話しました。

前堺市議で当地の有力ものづくり労組出身の大毛さんは「実は私は国民民主党所属だ。市議初当選同期の森山さんの2009年のマニフェスト選挙はすばらしかった」と昔を振り返りました。

連合大阪の地域協議会会長は「実は私は長崎出身で76年。そして私は電力出身だが、17年前に美浜原発事故。8月9日は美浜原発事故の日だ」とし、現職の政治姿勢に話を重ねました。

個人の立場で応援する、JP労組退職者のヤマワキさんは「4年前は、どこから出るか決まらなかったが、私は小選挙区で出る以上は無所属ではなく政党公認で出た方がいいとした」と語りました。4年前は小池・河村・松井3首長が「3都物語」と競合をさけたために大阪府連は立憲民主党(平野博文さんは無所属)でまとまりました。

森山さんは「ことしは総務省の違法接待で予算委員会にも出た」とし、山田・谷脇・秋本の3代情報流通行政局長の更迭、東北新社の社長と菅特命部長の更迭、「さざ波」の高橋洋一・内閣官房参与の更迭の「6人首取り」の実績を打ち出しました。また、他の議員とともに支援していた、軍クーデターが深刻なミャンマー代表サッカー選手の難民認定が確実となっています。

最後は地元の女性マツナガさんが登場。「堺は与謝野晶子の出身地。私も短歌3首で応援したい」とし「歴史ある堺のまちに育まれ、議員・森山、今日も奮闘」。ズームの100人が自主的に盛り上がり両手を振るなど、ミュート・顔出しで会場との統一感を示しました。

がんばろう三唱はありませんでした。

地元以外には現職の松田功議員、大阪の萩原仁・元議員総支部長、滝沢泰子(滝沢やすこ)東京・区議も「ズーム」ではせ参じました。

30分ほどでの短時間で終わり、この後、堺の人は事務所を見に行けば、森山さんが夕方まで居るというかたちでした。

一方の北側かずおさん。北側代議士は定例的に焼き鳥屋で道に背を向けて食事をしているため、堺市役所の幹部が要望書を茶封筒に入れて、指示を受けた若手が、無言で差し出すと片手で受け取ってくれる、最も地元に近い与党幹部代議士。まさに代議士中の代議士。終生その仕事をしたいので全力の選挙戦となります。北側さんは来月上旬に地元ホテルの「ハコ」に安倍晋三前首相の応援を得て、小選挙区3連勝から4連勝に向けた足元固めをしたい意向で、リアル開催を念頭にした準備をしています。


[写真]北側一雄(北側かずお)さん、12年前の2009年8月、宮崎信行撮影。

[写真]森山浩行(森山ひろゆき)さん、4年前の2017年10月、宮崎信行撮影。

立憲民主党の新人はだいたい、選挙事務所を念頭に置いた後援会事務所を、2か月・3か月契約で、借りているようで、第49回衆院選では、党からの交付金で家賃は賄えそうです。自民党竹下派・新生党の中島衛衆議院議員秘書から民主党職員・国民民主党事務局長を経て9月に立憲入りした職員が県連有力議員の情報を集めて枝野代表・福山幹事長・平野選対委員長トリオと共有しつつ、総支部長に助言する構造となっています。

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